| 作家自身の反映と思える、戯曲「Fuck you,EU.ro.pa!」(ファックユー、ヨーロッパ)の主人公である女の子は、“憧れ続けた” ヨーロッパの地へと旅立ち、列車から降り立つ。けれど、そこで消費社会の現実を見る。でも、自国に戻れば、不幸なニュースばかりが周りにある。どちらに対しても、簡単には「No!」と言えない矛盾が噴出してくる。 |
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世界の中で“豊か”である、と思われている日本。消費社会の一つの見本のような、この国に生きている私たちにとって、作者の内側から噴出す“怒り”も“矛盾”も遠い国の話ではない。
わたしの中で、この戯曲のベースにある、ニコレタや「ウジェーヌ・イオネスコ劇場」の彼らが持つ生き方への共感があった。現地入りしてから、モルドバのニュースを自分の目で見たことで、それまで単に彼らへの共感であったものが、「まさに“いま”、自由を求めて闘っているモルドバの彼らに、届け…」 という祈りにも似た気持ちに変わった。わたしたちは同じ時代を生きている…。
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| 一人芝居に限定された演劇祭に参加したわけだが、一人である、ということによるのか、まるで自己陶酔に浸りきっているかのような芝居が多かったように思う。そんな中で、私たちが創り出したかった芝居は、異質だったかもしれない。誇りを持って…そう思う(^^) 日本に居たらリアルタイムで感じることは出来なかっただろうモルドバ・ルーマニアの歴史となる一つの事件を、肌で感じながらこの芝居の上演が行われたことには、意味があったと心の底から思えた。 |
滞在中、ユニークなことも起こった。
演劇祭のディレクターであるガズダール氏との話の中で、フェスティバル期間中に私たちのメンバーによる別の芝居の上演もやろうじゃないか、ということに…。作品はA・チェーホフ原作の「牡蠣」。今回のツアーの芸術監督をお願いした<劇団アンゲルス>主宰の岡井氏による演出作品だが、“舞踏”の要素を取り入れ一人芝居として創ったこの芝居は、昨年(2008年)モスクワのオグニボ劇場での演劇祭で上演したもの。
なので、劇場内にあるスタジオホールで、プログラムには載っていないゲリラ的なパフォーマンスとなった。「Fuck you,…」に出演していた藤沢祐子はミュージシャンとして、ピアニカを片手に自ら創った曲の演奏者へと変わり、照明の仕込み図を書いていた下條世津子が「牡蠣」の出演者へと変わる。 |
Yuko Fujisawa藤沢祐子 |
Setsuko Shimojo下條世津子 |
芝居の上演というのは、音楽や、ダンスなど他のパフォーマンスと比べると、なかなか「腰が軽く…」というわけにはいかない。演劇の上演数が少なくなり、その代わりにダンスなどの演目が増えている演劇祭もある。芝居は、舞台の設営等に時間もかかるし、人数も、つまりは予算が余計に必要だから、という理由もあるだろう。その流れは、これからもっと強くなっていくかもしれない。オグニボ劇場と今回のバコヴィア劇場と、たまたま続いたこの上演形態は、今後につながる自分たちなりの一つのモデルケースになった。
日本では紹介される機会の少ない国の作品に取り組んだわけだが、その国に生きる人々の価値観や生き方が、日本に生きるわたし達の感覚を新鮮に揺さぶってくれるものとして、これからもそういった作品を日本に紹介していく機会を創っていくこと。日本の中にあって、金(マネー)がモノを言う消費社会に疑問を持ち、違った流れでモノを創ろうとしている人々があちこちにいる。そういう人たちの仕事に協力、共同作業をしていくこと。この二つが、テアトルNOVUS にとってこれからの大きな柱になっていくだろうな…ということを改めて思わされたツアーだった。
2009年5月 根本陽子
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