3 / 2 (金)

Vineri 2 Martie 2001

今日は夕方からユキコさんのお家でのお食事にお呼ばれしている。朝サッちゃんから電話があって、風邪ひいちゃった・・というわけで、一人でお出かけ。

5時頃ビクトリエイ広場にあるスプリングタイムでコーヒーを飲みながらルーマニア語講座を一人でしこしこ。
最近のチェーン店は喫煙者が差別されておる。ものすごーく狭いところしか席がないっ!!ルーマニアは喫煙者が多いので、私としては非常に気が楽なのであるが。ここは別。ぶつぶつ・・・・

6時近くになったので、ユキコさんのお家を探してうろうろ。「6番」 しかし、アパルトメントの4番からいきなり8番。なぜだぁ・・・近所のアパルトメントの裏庭まで入り込んで、雪に埋もれながら玄関を探すが・・・・おかしいなぁ・・・携帯から電話をかけてみるが、なぜか私の携帯からだと繋がらない。 どうしてだろ。で、公衆電話をさがしてうろうろ。こんどは公衆電話が壊れているのか、繋がらない。むきーっと思っていたら、ユキコさんからかかってきた。助かった・・・オスロー通りというところのお家なのだが、一本手前の道の名前は<東京通り>・・・おもしろい。いつ付いた名前なんだろう。

 

40分以上半径5メートルのところをうろうろしていたことになる。お宅にお邪魔して、旦那さんが帰ってくるまでおつまみを食べながらワインなぞ。なんと、アサリの酒蒸しがあった。「ピアッツァ・アムゼイで売ってたんだよ」ということである。早速見に行こう!しばらくしてからワタナベくんから電話が入った。彼は日本語教師でこちらに来ている隊員さんだそうだ。というわけで、4人でマレーシア料理をいただく。ユキコさんはJICAの隊員としてマレーシアで日本語を教えていたそうで、料理は本場仕込み。おいしかったでありまする。それにしても素敵なお家でありました。

私以外は皆さん余りお飲みにならない。でも私が非常ーに良く喋って、非常ーによく飲むのでつられてしまったようで・・・・「こんなに話す人だとは思わなかった」と言われてしまった。そりゃぁそうです。ルーマニア語だと無口になるんだもん、わたし。

というわけで、遅くなっちゃったので、タクシーで帰ろうと思ったのでありますが、「泊まっていけば」というお言葉に甘えてお世話になった次第であります。

暖炉の扉?

ウーシャマニアのわたくしはついつい写真を撮ってしまう。

 

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