2000/12/12 火

Marti 12 Decembrie

本日もブカレストは良い天気でございます。さてさて、張り切って出発といいたいところだが・・・。
しょっぱなから、ハプニングの連続でありました。といっても現象として起こったというより、私の心の中の話でございます。

 

5分ほど予定していた時間より遅く家を出たら、何となく接続が悪く、なかなか目的の電車が来ない。「ガーラ・デ・ノルド(北駅)」に、ぎりぎりに着いて、なんとか電車に乗って、席に座る。「これで、電車に乗り遅れたといったら、Sさんに怒られるなこりゃ」と気が気でなかった私はここまで無口。まずは大きく息を吸い込む。

Sさんが一等の席を用意してきてくれたのだが、ガラガラの車両の私たちのすぐ横の席にジプシーの子供たちが座り込む。乗り物に乗ると5分とたたずに眠りについてしまうわたしだが、目の前で気持ちよさそうにうたた寝している彼女をみたらそうもいかず、頑張って起きてる。途中で車掌さんが彼らを追い出していたけど。

 

行きの車中にて

コンパートメントではなかった

 

シナイアに着いて、まずは一ヶ所あるというATM機を探す。カードを差し込むがエラー表示。二人とも使えないので、機械の故障ということらしい。まいったなぁ。ホテル代払えないじゃん。いざとなったらVISAカードで払うことにして、とりあえず、シナイアからブラショフまでの切符を買っておくことにする。駅で買えるのは出発一時間前から。「CFR」というところだと、前日でも買えるということなので、そこへ行く。が、なぜだか知らんけども、「明日の一時間前に駅へ行って買え」という。朝早いし買っておかないと不安なんだけど仕方ない。

途中Sさんに電話をして、「なんとか無事に着いたよ」と報告。

ホテルの部屋からみたシナイア

ブカレストの喧騒が嘘のように静かです。

今日のホテルはペレシュ城の敷地内にある、と聞いていた。タクシーに乗る前に「ペレシュ城へ行きたいのだけど、いくら?」と聞いたら2万レイ。乗ってから、「ペレシュ城へは歩いていくから、ホテルへ行って」といったら、3万7千レイに値上がり。「ちょっと待ってよ。めっちゃ近いじゃん。そりゃないでよ、おじさん!」 でもまあ2万レイから3万レイと聞いていたので、よしとする。

ホテルにはいるにも一苦労。宿泊カードを書かされるのだが、英語で書かれたカードのどこに何を書いたらいいものやらトンと分からん。おまけに書く箇所がやたら多い。二人して、電子辞書を取り出してあーだ、こーだ。最後のとどめはパスポートナンバー。わたし覚えてないの。おまけに今日はコピーも持ってきていなかった。わたしはつくづく日本人だなぁなどと考え込んでしまった。パスポートというものに対する意識が希薄なのよね。

 

ペリショール城

こっちのお城もウンキース!

「ままよっ!」とカードを渡してしまう。やはりパスポートナンバーを書けといわれたけど、覚えてないもんは仕方ない。「忘れた!」と言い張って何とかしてもらった。

部屋にはいって写真をとったり、煙草を吸ったりしてちょっと休憩。さて、とガイドブックをよく読んだ私のショックはかなりのものであった・・・。ペレシュ城は月・火が休みとか書いてある。しばし立ち直れず・・・・

天気がいいのだけが慰めでござる。お城の外を回りながら町まで降りることにする。途中僧院を見学。当初は予定していなかった、2400メートルのところまでケーブルカーで登る、という案が浮上する。それじゃぁ、といってケーブルカー乗り場までてくてく。途中に電話局があった。京子さんが、

「東京に昨日送ったFAXがちゃんと着いているかどうか国際電話をかけたいんだけど」

「・・・まじ??」

 

これまでの交渉で私の皺のない脳みそはすでにパンク状態。そんなぁ、いきなり高度な通訳・・・イエゥ・グレウ !(ヘビーだぜ)
やったことないルーマニアの電話局からの国際電話。実をいうとこちらに着いてから一度も日本へ電話をかけていない。全部メールで済ませてきたのよね、わたし。その私がいきなり電話局からって・・・ 電話ボックスが室内に並んでいる。どうやら、受付で相手先の電話番号を書いて渡してしばし待ち、「何番のボックスへ行け」と言われて受話器を取るというシステムらしい。「はやくはやく!」とか受付のお姉ちゃんにせかされて、なんだかわからんけど、慌てて走って1番のボックスへ。一回目はどうやら、相手先が携帯だったため、接続に失敗。2回目で何とかなった。

「ふぅ・・・・・」とため息。

ケーブルカー乗り場へ行ってさらにショック。4時で終わり。時計をみたらちょうど4時。今日はやらねばならぬことの全てがおしゃか。

こういうときもあるのですねぇ・・・とりあえず休憩だぁ!と次なる目的のドムヌル・フローリンなる人物に会うために彼のお店のそばと思われる喫茶店でお茶タイム。いやぁ、またこの喫茶店の怪しいことといったら。

お城に入るためのチケット売り場。

くやしいから写真を撮った・・・。

さて、地図に書いてもらったドムヌル・フローリンなる人物が経営しているはずのお店へ行って、「ドムヌル・フローリン に逢いたいのだけど、いるか?」と聞いたら「そんなやつぁ知らん」とのこと。おかしいなぁ、別のお店なのかなぁ、とグルッと回って隣のお店に入っていく。扉を開けたときの感じは、西部劇に出てくる煙草の煙が充満した酒場に入っていった時の映像が近いかも。京子さんに後で聞いたら、そのお店に入っていった時のショックったらなかったらしい。でも、私としては、ここまで全てがままならぬとあっては、ほとんどやけくそ。タダでさえ東洋人は珍しい。それも女の二人連れ。店中の視線を浴びながらも、そんなこと気にする余裕もなくお店の奥へずかずかと。

ペリショール城の入り口

警備しているおにいちゃんが5分だけと言って内緒で入れてくれた。

年配の女性が三人いたので同じように聞いてみるけどやはり「ここにはいない」という。「ほんとに知らない?」と聞いたら、「フローリンは二人いる。どっちのフローリン?」 そんなこと知るわけがない。「・・・・・ツゥイカ デ カーサ(自家製のルーマニアウォッカ)・・・」と言ったら「ダー・ダー!」 どうやらあたりがついたらしい。Sさんが書いてくれた紙を見せて、電話番号を見せる。私が自分でかければいいのだけど、言葉が通じないのが分かっていて、見ず知らずの人にいきなり電話するほどの度胸は私にはない! 女性の一人が、私たちを別のお店へ連れて行ってくれる。そこのお姉さんに「この電話番号は、あんたんとこのフローリンのものかい?」てな感じで、私の代わりに交渉してくれた。ビンゴ! やっとフローリンなる人物に連絡がついて、とにかく、すぐ行くからお店の前で待っていてくれ! とのこと。

もう、あたりは真っ暗。さてさて、私たちはいったいどうなるのであろう。

かなり待ってから彼はやって来た。「よく来たよく来た。寒かったろう。早く車に乗れ!Sから電話で聞いてるよ」てなことを言っている。車に乗るなり携帯で電話。相手はSさん。無事に逢えたよといっている。電話を替わってくれたので、どんな状況だったのかの報告をする。Sさんも、フローリンがお店を売ってしまったことを知らなかったそうで、「今聞いて知った。彼がどうしたいか?って聞いてるよ」といわれる。当初はお店に寄って自家製ツゥィカを買って、ワインを買ってお部屋に帰って飲もうかな。という程度のことしか考えていなかったから、ここまで話が大きくなると「参ったなぁ・・」

「おいしいものが食べられるお店を紹介して欲しいと伝えてもらえます?」 と電話越しのSさんに言う。

フローリンの返事は「今日泊まるホテルのレストランの厨房で自分の友人がシェフをしているから、おいしいものを料理してもらおう。ホテルまで車で送っていく。ただ、食事の時間にはまだ、少しあるからシナイアの街を案内しよう。」てなことらしい。

Sさんと思わぬ経路で連絡がとれたので、私はすっかり安心。しかし、フローリンは山道なのにえっらいスピードで車を走らせ、どんどんどんどん登っていく。ルーマニア語でバンバン話し掛ける。乏しい語学力で必死に何がいいたいのか想像しながらだから、もう大変。どこへ連れて行きたいのだろう、と思ってふっと向かい側の山並みを見たときのショックときたら。

はるかかなたの山並みの一部が白んでいるなぁとおもったら、今まで見たこともない、とてつもなくおおきな月が見る見る間に姿を現していく。気がつかないうちにかなりの高度まできていたようで、自分達の目線と同じ位置に月が見える。おまけに今日はとてもいい天気であった。姿を現した月の下には幾重にも雲がたなびいている。月の光に照らされたそれは、京子さんいわく「オーロラみたいだ・・」 

そのはるか下には川のように町の明かりが見える。どんどん登っていって、一番高いところ、標高2400メートルのところまで来て、フローリンは車を止めた。外は、雪があり、恐ろしく寒い。暗がりの中、よくよくみると何かある。フローリンが、ケーブルカーの終点だという。今日、乗れなかったやつであった。「きれいだ・・・うれしい・・」としか言えないまま、しばし景色を眺める。私には忘れられない光景になった。電池切れのデジカメ君はホテルの部屋。でもそれでよかったかも。

「さあ、めちゃくちゃ寒いし、行こうか。」といって車に乗り込む。帰るのかと思ったら、はるか向こうの山並みの頂上に十字架が見える。列車からも見えるそれは、夜はライトアップされて小さな十字架が空に浮かんでいるようである。「あのあたりまで行く」といっているように聞こえる。「えっ、マジ」 結構距離あるよ・・・。

はたまた、ぶんぶん車を飛ばす。途中から今度は道とは言えない道に入り込んでいく。大きな鉄の柵で行き止まり。あたりは真っ暗。そこでフローリンは「ここで待ってろ」という。中からガードマンらしい大きな男の人が二人出てくる。何やかやとフローリンが交渉。いきなり、門がギギ-ッと開きはじめる。「ありゃ、これっオートじゃない?」

車で門の中へ入ってから、「降りて、降りて」てな感じでせかされる。これまた、恐ろしく寒い中、フローリンと京子さんと私はガードマンに連れられて、真っ暗で、でこぼこの土の上を歩いていく。敷地の外れまで来て、ガードマンがまた鍵を取り出して別の柵の扉を開ける。凍り付いていてなかなか空かない。扉を越えて、石段を登っていくと、4人で一杯一杯のスペースしかないが、崖から突き出した展望台らしきところに出た。「らしき」というのは、なにせ真っ暗なもんで、周りの風景は全く見えないのであります。そこからは別の角度からの街並みがはるか下のほうに見える。これまたなんともいえない美しさでありました。

ガードマンが私たちになんやかや。何をいっているのか分からなかった私は、何度か押し問答?の末、「このあたりは熊が出るから、そろそろ行こう」といって言っているのだと分かった。「ぺ・ブネ?(マジ?)」 大慌てで下へ降りる。

最初は無口だったガードマンも、私が片言のルーマニア語を喋るのでニコニコしだす。なんだか楽しくなってきて、「寒い、寒い」といいながら4人で腕を組んで真っ暗な中をてくてく。敷地内のとある建物の前で「ちょっと待て」とガードマン。とてもきれいな丸太小屋の中へ入っていって、電気をつけてから、「入れ」という。トイレも行きたかったしちょうどいいや。との軽いノリで中へ。

中はこんな山の頂上とは思えないほど、きれいだし、ガードマンが常駐してる。ここはいったいどこなのだろうと思って、フローリンに尋ねる。わたしの解釈が合っていれば、昔、ここはチャウシェスクが使っていて、今はナショナル銀行が買い取ったのだとのこと。おそらく、相当のお偉いさんクラスが使用しているのかな。たしかポロニア出身だといっていたかなぁ、コスティカという名前のガードマンは、私に建物の中の部屋を次々と案内してくれる。中はおそろしく、贅沢な作りであった・・・・。

山からの帰り道はコスティカ君も車の助手席に座って、途中まで一緒。

ホテルに戻って、そのままレストランへ。もう一度、フローリンが携帯でSさんに電話をかける。
私が、いかにすばらしかったかを説明。Sさんからは「フローリンが明日の朝、ブラショフまで車で送ると言っている」と聞かされる。「・・・セリオス?(ほんとうに?)」 

3人でレストランでお食事。よく分からんルーマニア語での会話もなんとなく成立してる。面白いもんです。結局12時近くまでツゥィカやらワインやらを一緒に飲む。部屋に戻る時、隣のテーブルに座っていた3人組みの男性陣が何やかや話し掛けてきた。フローリンは「日本のアクトリーツァとコンポジトアーレで俺の友達なんだ。ブカレストからはるばる俺を訪ねてきてくれたんだ。」てな感じで、なんとなく自慢げに説明している。

部屋に戻るなり、京子さんはバタンと眠りにつく。 わたしもシャワーでお湯だけ浴びてベットに潜り込む。
とにかく、精一杯、私たちをもてなそうというフローリンの姿と、緊張しっぱなしの中で思わず目にした美しい光景のおかげで、不思議な満足感にひたりながら、あっという間に眠りについたのでありました。

 

 

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