5 /25 (金)

Vineri 25 Mai 2001

朝起きてダッシュで荷造り。朝、昨夜のバスの運転手さんに電話したら、書類入れは同僚が今日届けるから大丈夫だよ、とのお返事。よかった。下見の時に買っておいた芝居用の荷物があるのをいいことに、バスで家に寄ってもらうことにして、手ぶらで出かける。でもね、ホテル9時出発なんだけど、しっかり遅刻した。

28日にシビウ入りする由紀ちゃんの代わりに通訳をしてもらうクリスティーナは、この日私もはじめて逢う。ブランドラ劇場へよって芝居用のポスター、チラシを置いてくる。一度バスに乗ったんだけどしばらくしてから、私の鞄がないことに気がついた。事務所に忘れてきちゃった。またやってしまった。昨夜から・・・・あんまりこういうことってないんだけどなぁ・・・私。やっぱり気持ち的に慌しいということか。反省・・・。パスポートやら財布やらが入っているし、そのまま行くわけにもいかずもう一度戻ってもらう。どでかい大型バスなので、入れない一方通行の通りもあるわけで・・・・ぐるぐる回って再度ブランドラ劇場へ。・・・・運転手さん!申し訳ない。しかし、この運転手さんたち(二人)はブカレストっ子じゃぁなかった。おかげで道案内をしなくちゃいけなくて・・・・困るなぁ・・・私だってようわからんよ。

モルドバ大使館へ寄ってVISA申請の確認。このVISAに関してはちょっと心配が残っておる。当初の作戦では、( 誰かがもう一日ブカレストに残って、ヴィザ用書類を今日の朝提出。30人ほどのヴィザをその日のうちに発行してもらって、翌日シビウに一人で入ってもらう ) というもの。ところがつい10日ほど前に法律が改正されて<エントリービザ>というのが国境で取れるから、事前に領事部で取得しなくても大丈夫だ、という連絡がイオネスコ劇場から日本にFAXが届いたというのである。

しかし・・・このエントリービザというのがどういう種類のものなのか、誰一人わかっておらん。書類一枚にスタンプをポンと押すだけですんなり入国できる種類のものならいいのだけれど・・・どういうことかというと、もちろん今までも国境でヴィザの取得は出来ていた。ただ、一人一人のビザ用データーをおばさんかおじさんか知らないが、お役人さんが、いちいち手書きでノートで書き込むから、恐ろしく時間がかかるだけのことなのである。それにわれわれは大人数。国境で以前は5時間待たされたこともあるそうで・・・ヴィザが取れることは取れる。ただその間待たされることによる、みんなの消耗が心配なだけなのであるが・・・しかし・・・・私の予感では、そんなごく最近発令されたような法律が<あの国境>に徹底されているとはどうしても思えないのだよなぁ・・・・

で、昨夜の打ち合わせで、とりあえず領事部へ行ってその確認をしてみた結果、一人残るかそのまま行ってしまうか決めよう。ということになった。今回の旅の方針。「誰一人すべてをちゃんと把握している人間はいないっ! 根本も全くあてにはならないっ! この国はラテンであるっ! きっちりと決められた通りには絶対物事は動かない! だからこちらものんびりと、その場その場で判断して次の動きを決めましょっ。カリカリしなーい!!」 考えてみればこのウン十年旅をやってきたけど、そんな旅のやり方は初めてである・・・というわけで、私なんか大まかなスケジュール表さえももらえてない・・・。

で、領事部で、このまま行こうってことになって、一路シビウへ向かう。

途中、運転手さんにレストランを探してもらって、遅めのお昼ご飯。この人数だし、一人一人の注文を取っていたら時間が足りない。というわけで、数種類のものを私と、クリスティーナで適当に決めてダダッと注文。でもみんな勝手にビールがばがば頼んでたけど。チオルバ・デ・ブルタと言う、クセの強い内臓のスープしかなかったので、スープを食べたい人にはそれを注文してみたんだけれど、やはり、上級者過ぎた・・・・あわない人、半数。私はもちろん平気なんですがね。

5時の開会式には間に合わず。まあ、いいや。で、5時半過ぎ、本部となる劇場の隣の広場に大型バスをつける。ははは・・・止めたとたんにバスが動かなくなった。私を含め数人が事務所に顔を出し、今日の予定を確認してからバスに戻ってくる。バスは直ったみたい。宿泊施設のホテル・ブレバルドは劇場のすぐそば。バスから道具を降ろして、部屋割りをして、7時からのオープニングセレモニーへ出かける。プルカレーテという演出家による芝居「千夜一夜」。行ったら開演時間が一時間遅れに変更。

ちょうどいいやってんで、その間に携帯電話のクレジットが切れちゃったので携帯屋さんを探しに行く。とてもやさしいお姉さんだったんだけど、携帯の仕組みをよく知らない人であった。話にならず・・・参ったなぁ・・・というわけで当分携帯電話が使えないぞぉ・・・まったく肝心なときにいつも電話が使えない。。。

さてさて、話題の芝居であったプルカレーテの芝居・・・海外でも活躍していて、日本にも来たことがあるルーマニアの演出家・・・今回のこのプロジェクトに、私も出ないか、という話があったのであるが・・・芝居が終わったあと、みんなと顔を見合わせて同時に 「出なくてよかった・・・」 「出なくてよかったね・・・」 と思わずつぶやいてしまった。俳優たちが舞台の各所でオブジェのように同じことを繰り返す。最後にポテトサラダを全身に盛られたかわいい女の子の女体盛りが舞台に運び込まれて、エンディング。それまでは人形のようであった俳優たちが、その女の子の体に塗りたくられたポテトサラダを食べながら、ビールを飲みながら、舞台の上で打ち上げ?をしてみせる、というもの。

セリフがどうなっているのかは、我々はもちろん誰一人わからない。でも、中身があるかないかくらいは台詞がわからなくったってわかる。舞台上のオブジェのような俳優たち自身がもちろん面白く感じてるはずがない。長い時間同じような動きを強いられ繰り返し、繰り返し。この苦痛の行為をやり通すことに何か芸術的な意味がある、と思っているようなら大きな間違いであるっ!と私は言いたい。そこには燃え上がる俳優自身の創造性なんてカケラもない。その俳優たちが最後にワイワイとやる姿は、生き生きとして見えるでしょ?てなことをミエミエでやられても、こちらは醒める一方である。それを前衛だとありがたがって拝見するほど、物を知らないガキではないぞっ! となんだか腹立ち混じりであった・・・

夜はホテルのレストランでお食事。フェスティバルでは参加するグループに宿泊、食費が保証される。これは、すごいことである・・・この国の経済状況が大変であることはずいぶん書いた。このフェスティバルの総ディレクターのキリアック氏が始めて今回で8回目。今年は5月25日から6月3日までの10日間で、58カ国。134ステージという、エジンバラ、アビニオンについで世界で3番目の規模になったということであるから・・・恐るべしパワー。でも、キリアックって体は大きいけど、顔も声も妙にかわいいんだよなぁ・・・

夜は広場でパフォーマンスがやられたり、花火が打ち上げられたり。この国の、それも地方で上げられる花火としては相当頑張っている。花火がえらく低かったり、暴発したりしてたけど・・・・素直に 「がんばってるなぁ」 と心の中で拍手を送った。話に聞いたら、最後の花火があがったあと、花火師 (って、ルーマニアにいるのかどうか、私は知らないけど) たちは感激のあまり抱き合っていたそうだ。私は疲れきってしまって出かける気力もなかったのと、事前に日本でやってきた今回の芝居のビデオを見とかなくちゃいけなかったのでチェックしながら、ビールをちびちび。

 

 

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