男A ・・・・・・・・・・・・・・大島政昭
男B (リンゴを食う男)・・・・・ハイミー・マックレガー
未知の女S ・・・・・・・・・・早苗
女N ・・・・・・・・・・・・・・順子
女Y ・・・・・・・・・・・・・・ユカ

一人のギタリスト・・・・・・・・井ノ上孝浩
女優でもあるミュージシャン・・・藤沢祐子
パーカッションを叩く男・・・・・・・・・月原 誠

 

NEUKが音楽でやろうとしていることは、私が今までやってきた芝居と根本は変わらないと思っている。うまく音を合わせて曲をつくるというやり方をしない。その時の「井ノ上孝浩」「月原誠」「藤沢祐子」が出す音を重ねていく、というやり方をする。そうすると、自分達でも予想しなかったものができあがることがある。3人が調子いい時は凄くいい。でも1人でも迷いがある時は...同じ曲なのにこんなに違うのかというほどぶざまだ。へこむ。本当にやめたくなるくらいへこむ。でも、そんなNEUKだからこそ、芝居と一緒にやる意味があるんじゃないかと思う。芝居のシーンに合わせて曲を奏でるだけではなく、同じ一人の創り手として一緒に舞台に立ち、立っている役者を見る。役者も私達を見る。好きなことをやり続けたいと思いつつ、常に迷う私がいる。逃げ出してしまいたいと思ったりもする。でも、同じ舞台を必死につくりあげようと立つ仲間を見て、はっとする瞬間があったりする。その瞬間を生み出せる舞台に、一人の創り手として立ち会いたいと思いつづけているのです。


藤沢祐子

世の中の、様々な芸術表現という名目のパフォーマンスの中で、楽器を演奏するという行為は、技術的なものに支えられている割合がかなり大きいように思う。自分自身を表現する時に、楽器という媒体を通すことによって、ちっぽけでつまらない己の存在を覆い隠すことが出来る。しかし、役者は身ひとつでそれをするわけだから、ごまかしが効かない。芝居と関わるようになって、私自身そんな事を考えるようになった。役者とコラボレートする際、技術を捨てて楽器を持った一個人として、自身と役者と、そして観客に向き合って、そこから引き出されるものを音として表現する、それが本当のコラボレーションだと思うし、私が興味を引かれるところだ。しかし、それはあくまでも理想であって、なかなかそこまでには至らないのが現状だけど…。どうしても確かなものに頼りたくなってしまうし、凡人である以上、神が降りてくるなんて事がないのもわかっている…。安定性の高い確かなものと、不安定な、逃すことの出来ない一瞬(が、あるかどうかもわからないが…)。あるいは、冒険と保守との狭間で揺れ動く心情こそが滑稽で、人間らしい音なんだろうか?うーん、わからない。今回も答を探しながら演奏することになりそうだ。

井ノ上 孝浩

 
   
   

NEUKについて

井ノ上孝浩と藤沢祐子は'98年からアンゲルスに参加。芝居と音楽のコラボレーションを始める。
'00年にメロディカとギターによる、メランコリックとアヴァンギャルドな音を融合したアコースティック・インストゥルメンタルユニット「ぬけ穴」を結成。
'01年にドラムの月原誠を加え、"NEUK"と改名。ワールドミュージックからジャズ、テクノ、ロックなどさまざまな音楽を取り込み、いい意味で勘違いした解釈と、自由な発想でノイジーかつフリーフォームなスタイルの21世紀型パンクジャズバンド。
<劇団アンゲルス>とともに参加したモルドバ共和国の首都キシニョフでの国際演劇祭では、「我々西洋の音楽でありながらいまだ聞いたことのない音楽だ!」と絶賛され、ウクライナ共和国のリビウでは、終演後、置いてあった彼等のCDの前には人だかりの山ができた。

俳優達とともに、芝居の中身を考えながらコラボレーションをしようとすることで、自分たちの音楽の可能性を広げようとする真摯な姿勢が舞台の上での確かな存在感となっている。(根本・談)


人を集める・人が集まる

最近私に刺激を与えてくれた人がいる。彼はベルリンで知り合ったドイツ人なのだが、この4月に私がベルリンに1ヶ月行っている間、東京の私の家に滞在し、そして彼が帰国するまでの残りの1週間、私たちは私の『豪邸』(!!!)で共に暮らした。その間、日本語40%ドイツ語60%の毎日。さすがに夜と朝は『なに言ってんの??』状態。(それは彼にとっては日本語がそんな状態だったのでしょうが・・・)でも、久しぶりのドイツ語、とっても楽しかった。

彼に会ったのは2年前のベルリン。私のドイツ語はたどたどしく(今でもそうだけど・・・)彼の日本語は0%に程近かったせいもあり、それほど仲がよいわけでもなかったが、彼の初来日をきっかけにとても親しくなれた。そして、東京にいる彼は『水を得た魚』のようにとても生き生きとしていて、ベルリンにいる頃の彼とは全く別人に見えた。帰国日が迫ると悲しい顔をして『ich will nicht nach berlin...』(ベルリンに帰りたくないよ)と毎日言っていた。私が1ヶ月ほど留守にしている間に、彼には相当数の日本人の知人ができていた。身近なところでは、近所の韓国食料品店のおにーちゃんに始まり、商店街の居酒屋のおじちゃん、近所のおじいちゃん・・・等など。私が引っ越してから半年以上経っても知り合えなかった人たちとたった3週間ほどで彼は、東京の下町に『自分の世界』を作り上げていた。しかもファッションショーに出たり、写真のモデルをやったり、英語の先生をやったり、クラブでDJやったりと毎日大忙し。携帯の登録人数は私より多かったかも(笑)
。『ベルリンでは毎日家にいてボーっとしてたのに』なんて言ってた。そりゃー帰りたくなくなるわな!私の『気の優しい、人見知りをするドイツ人』という彼のイメージを覆した。何でこんなに彼の周りに人が集まってくるんだろうと考えていたけれど、1週間共に過ごしてその理由がよく分かった。彼にひきつけられた一人として。

@ 日本語を話すことを億劫がらない。
A 人の話に耳を傾ける。
B とにかくやってみる。
C 疲れても、疲れることを楽しんでいる。
D 日本人と日本のプロダクトが好き。
E 好きなことははっきり伝える。(嫌いな事も!)
F その土地のスタイルに順応する。(先入感を持たない)

これが彼のスタイルだ。その結果、彼の周りには、彼の世界を形にするように色んな人が集まってきた。彼の周りに集まってきた人たちは、彼のたどたどしい『日本語』という言葉を通じて彼を好きになったのではなく、彼の自分達に対する誠意に好意を持ったのだと思う。私も彼と過ごして、自分が積極的に動いていくといういことの清清しさと、楽しさと、充実感と、前に進んでいる実感を教えてもらった。私と話すときはほとんどドイツ語を話すので、1週間で私も東京にいながらずいぶんドイツ語に慣れた(笑)変な話だけど・・・。最後の方なんて、この私が、彼にドイツ語で通訳してたし!!


人を集める力=人が集まる力
なんだなと思った。
人を集める力×人が集まる力=∞
どういう風な形で出力していくかは分からないけど、そのスタイルは自分次第に作り上げられると思う。

今年は『日本におけるドイツ年』という事もあり、多くの日本人がドイツ・ベルリン(ベルリンに限らず)に関心を向けていると思う。その中で自分がいま、注目したいムーブメントは、ヨーロッパにおける『カフェ文化』と『CLUBシーン』である。どちらも人が集まってくる場所で、そこをどのように作り上げていくかは、場の提供者とそれに呼応して集まってくる人たちである。『劇場』もそうだと思う。というかそうあるべきだと思う。集まる人によって変化し続ける場所であるという事はとっても重要だと思う。
うれしい事に今年の11月から文化庁海外派遣制度でベルリンに2年間滞在する事が決まった。そのドイツ人の彼のように『人を集める力』が『人が集まる力』になり、無限大の創造現場に立ち会えることを今から楽しみにしています。

 ・・・凹むこともあるだろうけどね。だってやっぱ、日本人優しいよ。パツキン、ブルーアイに対して!ベルリン人厳しいからなぁ・・・(泣)ちょっと愚痴る・・・。あ、これ、先入観じゃなく、『実感』ね!(笑)

モリオデシタ

森尾 舞について

1996年、アンゲルスの第一回公演「マクベス」で高校在学中、おそらく!史上最年少でマクベス夫人を演じ、その存在感が高く評価された。「俳優座」の付属養成所に入所。入所後、早くも実力派若手俳優として頭角をあらわし、山田太一原作の「黄昏色の夕暮れ」(俳優座)に出演。
2003年から一年間、金沢市のスカラーシップ制度でドイツに留学。最近では、ブレヒトの大作「三文オペラ」(俳優座)のヒロインに大抜擢。歌唱力も鍛え上げた。劇団アンゲルスでの公演にも出演し続け、東欧での国際演劇祭にも参加している。

今年、2005年から2年間、文化庁芸術家在外派遣研修生としてドイツ留学が決まっている。

若手でありながら、繊細な情緒と肝っ玉の太さを兼ね備えた貴重な人材。今後のドイツ留学で彼女自身が得るであろうものが、私たちを刺激してくれるものにもなるだろうと、勝手に期待している。
(根本・談)

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