コラム
ルーマニア便り

第12回

モルドバ共和国訪問記 <国境越え編>
 
根本陽子

東京演劇アンサンブル・演劇集団アンゲルス/俳優部所属。「奇蹟の人」<アニー・サリバン>「十二夜」<ヴァイオラ>「オセロ」<デズデモーナ>ほか多数出演。「桜の森の満開の下」<生首>では踊り手としてイギリス、ブリヤート共和国、韓国、アメリカ公演に参加。「沖縄」<垣花シズ>ではイタリア、ベトナム、「かもめ」<ニーナ>で日本人として初めてモスクワ芸術座の舞台にたつ。
現在、文化庁の在外研修生として、ルーマニアに演劇留学中!
URL:http://fame.calen.ne.jp/~yoko/
E-mail:yokonemoto66@hotmail.com
モルドバ共和国という国がある。ルーマニアの北東に隣接する、国土は日本の11分の1というかわいらしい国。この国の歴史の過程で公用語はロシア語になっているようだが、日常的にはルーマニア語が使われる。

首都キシニョフで開かれる演劇祭に、私の所属劇団である「アンゲルス」の参加が決まっていて、下見のために日本から演出家がやってきた。電車、飛行機での移動方法もあるのだが、ほかの都市での打ち合わせや、スケジュールの都合上、ブカレストから乗用車で移動しようということに……。
私にとっては<初!陸路からの国境越え>ということにあいなった次第でございます。
まずはルーマニアの出国手続き

朝の9時にブカレストを出発。運転を頼んだ知人のマリアンは、高速でもない、お世辞にも整備されているとはいい難い道を140キロ以上のスピードで飛ばしまくる……。
延々と続くなだらかな丘陵地帯、羊飼いたちが連れて歩く羊の群れに何度も遭遇したり、道端に乗用車が止まっているかと思えば、それは自家製ワインを売っている人だったり、ブカレストでは見ることのないゆったりとした景色を、恐ろしいスピードで飛ばしまくっている車中から眺めていると、時間の流れ方がゆがんでしまったみたいな……何だかわけのわからん不思議な錯覚にとらわれる。

10時間の移動と聞いていたのでありますが、マリアンのおかげで夕方の5時近くにルーマニア、モルドバ間の国境に到着。まずはルーマニアの出国手続き。
若いお兄ちゃんが車までやってきて、座り込んで日本刀のことや、能や狂言の話をしていく。制服を着ていないけど、どうやら役人だったようで……。周辺には何にもないような国境地帯での勤務……緊張感が解けている国境地帯に漂う独特の雰囲気と、一生懸命日本のことについて話すお兄ちゃんの姿が重なって、人にとっての一番の敵は隣国でもなんでもなくて「退屈感」だ……とふと思う。
ここでは、たいした手間もかからず手続き完了。さてさて今度はモルドバへの入国手続き。

さまざまな名目で徴収される税金

両国の中間地帯。車は道路の端にある金属の枠を通り抜けて、ドブ水に鉄錆が沈殿しているような恐ろしい色彩の水溜まりにズブズブと入っていく。変な臭いが漂ってくるし……マリアンは大事な車を汚されて?「おぅっ!」と不満たらたら。何かと思いきや、これは車の消毒なんだそうで(プールに入る前の腰までつかる消毒場みたいなものと思っていただければよいでしょう)。
後ろを振り返ると、金属の枠からは水なのか消毒剤なのか知らんもんが噴き出している。でも車が通り過ぎたあとに作動してるからまったく意味なし! お金を徴収するのが目的としか思えない。
水溜まりの隣の建物から私服のおじさんがのそのそ出てきて消毒税とやらを請求する。

同行していた私のお師匠であるルーマニア語の達人は「以前は、なんだかわけのわからんおっさんがやってきて、明らかに水だろうというやつを、消毒だ!と言って座席の下とかにチュッチュッと撒いてったけど。今日は変な臭いもするし、多少は改善されたってことかなぁ」と笑っておった……。改善って……。

5時を過ぎると役人たちが休憩に入ってしまって、彼らの休憩が終わるまで延々待たされるかも、という話も聞いていたので心配していたんだけど、窓口に人がいる。どうやら大丈夫だったみたい。
現われた役人は白系ロシアという顔立ちで「007」に出てくるような、いかにも共産圏のお役人って感じ。睨みを利かせてる。ルーマニア人の顔立ちの傾向が大きく分けて何種類かあるということが少しわかりかけてきた私にとって、<異国に来た> という奇妙な感覚が起こる。隣の国でありながら、ルーマニア語も通じるというのに、ここはもうルーマニアではないんだ。歴史って不思議なんだな……。

入国に関しては、ビザも取ってあるし、キシニョフにある「ユジェーヌ・イオネスコ劇団」からの招待状も持っているので、問題はないはずなのであるが、出国の際のトラブルを避けるために、外貨の金額やらパソコン、デジカメ、ビデオ等の所持に関しての書類をもらって書き込む。
この用紙、申請しないと渡してくれないし、そんな書類が存在することを入国時には教えてもくれない。ルーマニア以上にモルドバは経済的に大変なこともあって、出国時に、申請がされていないという名目で役人に没収されるということがあるのである。聞いた話では、日本のどこぞの新聞記者さんは何百万かを全額没収されたらしい。…SONY製で型番は何々…なんていうことまでとりあえず細かく書いておく。どんな形にせよ、確かに持って入りました!という証拠を作っておくのであ〜る。

今回は心強い方々が一緒だし、少人数だからいいようなものの、次回の入国時は大人数。経験したという意味で私が責任者みたいなことをやらざるをえないことを思うと……。私のお師匠に聞いたら、数年前、彼はここで「通せっ」「通さないっ」の押し問答を機関銃突きつけられたなかでやったそうだし……。あ〜ぅ恐ろしいよぉ……。

めんどくさい書類を書き終えて、判を押してもらって、いざ入国ゲートをくぐろうかぃという直前で、またもや私服でふらふらしているおじさんがやってきて、何がしかの金額を要求する。
「マリアンっ! 今度は何税?」
「俺もわからんっ」
さすがのマリアンも笑っておる。というわけでわけがわからんままにそのおじさんにお金を払い、笑い転げながら入国……。これで終わりかと思いきや、しばし走った後、「警察」と書かれた小さな建物が見えてきて、中からやはりのそのそと制服の前ボタンを全部はずして制帽を頭の後ろに乗っけてるおじさんがお腹を掻きながら現われる。
「止まれ、止まれ」。……そしてまたもや税金の請求。今度は「環境税」だそうで……。<おーリスーセ!(ジーザス)面白すぎる……> 。

<楽しかった>だけでは済まないような、そんな予感

独立したとはいえ、経済的にはルーマニアよりももっと大変で、共産圏色も、もっと色濃く残っているモルドバ共和国。西側では決して見られないこんな入国の仕方は、外国からのクレームで何年かしたら廃止されるかもしれない。面白い体験だったなぁと思ってしまえばそれだけのことなんだけど……私たちが入国したこの日、モルドバでは大統領選挙があり、親ロシア派の大統領に変わってしまった。歴史のなかで小国が生き残っていくためには、その都度苦しい選択を強いられてきたに違いない。

そして、芸術もそのときどきの権力と無関係ではいられない。その前衛さと優れた作品創りが世界的な評価を受けている「ユジェーヌ・イオネスコ劇団」の主催者であり、演出家であり、俳優でもあるペトロに逢うために、私たちはこの国にやってきた。この大変な国のなかにあってユニークな作品を作り続けている彼らに逢うための国境越えが、私にとって、とても大きな出来事だったと思う日がくるかもしれない……。

キシニョフへ向かう白樺林を走り抜けている時、退屈感や、味も素っ気もない灰色の建物や、珍しい東洋人をじろじろと眺めている自転車に乗っている人々や、お金を徴収して回ってる役人だか何だかようわからん人たちのことなどが一塊のイメージとなって、私の背後にあることをふと感じて、とりとめもなくいろんな思いが出たり引っ込んだりするのでありました……。<モルドバ共和国訪問記……次回に続〜く>。
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路上で自家製ワインを売っている。もちろん味見もさせてくれる。値段は2リットルのペットボトルで2万2000レイ(110円)くらい。ワインはポリタンクに入っていてホースを口で吸引してペットボトルに移す。ジュースみたいに軽くておいしいワインだったなぁ
 
自転車での国境越えが一番面倒がない。密輸するのにも隠しようがないしね。でも、何キロ自転車で走らなくちゃいけないんだろう……気が遠くなる。この人たちは隣の国へ物を売りに行くものと思われまする
  
モルタル作りの免税店。空港の免税店しか知らない私は、閑散とした雰囲気にしばし唖然……。堂々と写真を撮るわけにはいかないので、カメラをさりげなく出して早業で撮影。没収されたらかなわないしね