コラム
ルーマニア便り

第14回

モルドバ共和国再訪問記<列車編>
 
根本陽子

東京演劇アンサンブル・演劇集団アンゲルス/俳優部所属。「奇蹟の人」<アニー・サリバン>「十二夜」<ヴァイオラ>「オセロ」<デズデモーナ>ほか多数出演。「桜の森の満開の下」<生首>では踊り手としてイギリス、ブリヤート共和国、韓国、アメリカ公演に参加。「沖縄」<垣花シズ>ではイタリア、ベトナム、「かもめ」<ニーナ>で日本人として初めてモスクワ芸術座の舞台にたつ。
現在、文化庁の在外研修生として、ルーマニアに演劇留学中!
URL:http://fame.calen.ne.jp/~yoko/
E-mail:yokonemoto66@hotmail.com
モルドバ共和国の首都キシニョフにある「ユジェーヌ・イオネスコ劇団」の主宰者であるペトロから、彼の主演映画のプレミアにご招待いただいた私は、初めてのモルドバ訪問から2週間ほど経って、今度は<初!列車での国境越え>を体験し、キシニョフで3泊。またもやいろんなことがあり、「感慨もひとしおっ!」の余韻が五体に残っているままブカレストへの帰途についた時のこと……。
女性と2人で同室になるはずが…

ブカレストで往復チケットを買ってあった。慣れない初めてのひとり旅であるので1等の寝台車。コンパートメントで定員は2人。

チケットを買った時の会話……。
「私はひとり旅です。このチケットは私にとって一番いいですかっっ!?」
「同室を女性にしてくれるから大丈夫よ」
値段は111万レイ(約5000円)、片道2500円で隣りの国へ行けるのであるから不思議である……。

キシニョフの駅構内を通り抜け、列車までペトロの奥さんで女優のアラが見送りに来てくれたのだけれど、へたくそなルーマニア語でお世話になったお礼を一生懸命述べている私に向かって、車掌さん(女性なの)は、
「何やってんの! もう出発するのよ!」
しかし……予定の出発時間よりも10分も前である。慌てて私が乗り込んだ途端動き出したから間一髪セーフだったわけであるが……。海外での乗り物は発車時刻が遅れるのが当たり前と思っていた認識を改めた。

さてさて私の席はどこであろうとチケットを車掌さんに見せる。で、案内されたんだけど、私の席は女の子2人が占領していた。彼女たちも私と同じ番号……まあ、よくあることだ。気にしない、気にしない。
で、数分通路で待たされる。女性同士になるように調整してるのかな? で、「ここに入って」と指されたのは先ほどの隣りのコンパートメント。覗いてみたらあなた……左側のベットにはグガァーと大いびきをかきながら大の字になっているおじいちゃんと彼の足元あたりに憔悴し切ったおばあちゃんがちょこんと座っておる。

車掌さん「彼らはヤシ(ルーマニアの都市名)までで、そのあとはあなたひとりだから」
私「だーだービーネ(イエス・イエス・オッケーよ)。あむ・うんつぇれす(分かった)」

ひどくご機嫌うるわしい私は、菩薩のごとく万事に寛容な状態であったのだ。それにヤシは国境近くにある街で地図で見るとキシニョフからかなり近い。何せ13時間の列車の旅。最初の2、3時間くらいどうってことないであろう、とも思ったからであった。

まず最初に繰言攻撃……

お世辞にも広いとは言い難い2人用のコンパートメントに3人の人間。何となーく緊張感が漂っている……。で、鞄からごそごそとお土産に持って帰ってきた500mlのウクライナビールを取り出して、おばあちゃまに勧める。最初は遠慮していた彼女であったが、喉が渇いていたらしく勢いよく飲み出した。で、なんとなく会話が始まった。

しかし……。私が酔わせてしまったのだろうか、それとも、軽い老人性痴呆症というやつなのであろうか……。同じ質問が10分間隔で繰り返される。最初は張り切って一生懸命答えていた私も、だんだん「だー(イエス)」と言うのさえもうんざり気味。

そうこうしているうちに国境に近づいてきた。おばあちゃんは大いびきの旦那を起こす努力をし始める。声をかけても起きる気配はまったくなし。手を引っ張って起こそうとする。でもダメ。
「起きないわ……」
と言いながらその合間に何度答えたか知れない同じ質問を私にし続ける……。そのうちに何が何でも彼を起こそうと覚悟を決めたようである。

「もうすぐ国境よっ! 廊下に出なくちゃ!! 起きなさいっ!」てな感じで、焦ったようにおじいちゃんを殴り始める。最初は拳固で膝のあたりだったのであるが、いきなり平手で顔をバシっ! これにはさすがのおじいちゃんも、
「何するんだっ」
と殴り返すように手を挙げて上半身をむっくり起こした……んだけれど、眠気のほうが強いみたいで、そのままバタンと倒れて高いびき……。自分の頭と顔を庇うようにちっちゃくなっていたおばあちゃんが、ゆっくりと私のほうを向きながら弱々しげに、
「こういう暴力は日本にもあるの……?」。

酔っ払って寝てる相手にいきなり平手打ちくらわせたらそりゃぁ怒るよ……とは思ったけれど、なんだか急に同情しちゃって、
「……もちろんあるわ……」
と答えた。暴力に…ということより、大酔っ払いの旦那を持て余してうんざりして精神的に疲れ切ってるように見えたし。おまけにこういったことはしょっちゅうなのであろう……。たちの悪い大酔っ払いの俳優たちを面倒見ざるをえなかった私には身につまされる状況だったのである。

しかし、そう思ったのもつかの間、その弱々しさとは裏腹の力強さで、またもやおじいちゃんの顔をバチンっ!! 今度は大虎も激怒。
「なにさらすんじゃぁ〜っ!」
とばかりにおばあちゃんに掴みかかり腕を振り上げる。こんなところで殴り合いが始まったらたまったものじゃない。私も止めるのに必死である。大虎の腕を掴んで、
「ドムヌレっ!(ミスター)だめぇっ!!」
振り向いてみれば見知らぬ東洋人が自分の腕を掴んでおる。彼は一瞬きょとんとしたのだけれど、またもやそのままダウンした……。おいおい。

密輸談義、そして再び……繰言攻撃

アルコールでぼやけてはいても、彼の脳裏には、なぜゆえにここに東洋人が……という意識があったのであろう。完全に列車が止まったころには大虎も素直に起き出した。国境のお役人たちとの私の会話や奥方の会話で、どうやら私の素性やら、いまのこの状況が飲み込めてきたらしい彼は、今度はあたりを伺うように扉を閉めたかと思うと私にひそひそ声で話し出す。

彼らは洋服店を営んでいるらしい。最初は何が言いたいのかトンと分からなかった私であるが……日本人と分かったとたん金の話かいっ!! 菩薩の私もさすがにキレ始めた。私と組んで日本の洋服を輸入したいということなのである。利益は50%ずつとの提示。
これまでのやりとりで疲れ切ってた私は、当初の寛容さなどどこかへ飛んで行ってしまってた。「私はそんなことやりたくなーいっ!」声を荒げる私に、「わかった!ちょっと待ってくれ。」と言って自分の取り分を40%に引き下げる。
「ちがーうっ!」
彼らを納得させるだけの理由を延々と説明。大虎さんはやっとあきらめてくれた、かのように見えた。しかし、攻撃はこれだけでは終わらなかった……。

今度は「ヨウコ、ヤシに来た時はうちに泊まれ。ホテルなんか高くてバカらしい。駅から電話すればいつでも迎えに行くから」
そして、自分の家は部屋がいくつあって誰が住んでいて、等々を延々と繰り返すのである。それも同じことを何度も何度も。おそらく国境での停車時間は優に2時間は超えていたと思う……。動き出してからも延々この攻撃は続いた。
でも……。11時半を過ぎた頃、さすがの私も神経がダウンし始めた。で、窓辺に寄りかかって寝たふり作戦で反撃開始。そのうちほんとにウトウトとし出す私……。

ふっと気配を感じて薄目をあけると、灯りが消えた薄暗がりのなかで、大虎は自分が乱したシーツを丁寧に静かに直し、私を起こさないようにそっと部屋を出て行こうとしているところであった。私が見ているのに気がついたらしい彼が、それまでの大虎振りとはうって変ったやさしげな声で、
「ヨウコ、わたしたちはもう行くよ」
その瞬間、なんだか猛烈に、彼らにすまないようなことをした気がして、立ち上がって彼らを廊下まで見送った。
……いま以上に菩薩の境地になることができたときは、きっとあなたたちのお家に遊びに行くからね……と心の中でつぶやいた。
時計を見たら12時過ぎ。約7時間におよぶ神経戦の幕はこうして閉じた。

エピローグ

彼らが列車を降りた後、車掌さんがやって来て、私を別のコンパートメントに連れて行ってくれた。正規料金を払っているにもかかわらず、文句もいわず延々と酔っ払いに付き合わされてた東洋人をさすがに可哀相だと思ったのであろうか。やたら親切なのである。

新しいシーツで整えられた座席にやっとこさ横になって、天井を見上げながら彼らがそっと部屋を出て行こうとしたときの姿を思い出して、あ……そうかぁ……。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の中でジョバンニとカンパネルラが赤ひげのおじさんに対して、
「僕はなんだか彼が邪魔のような気がしたんだ……」
「僕もそうだ……だから彼、いなくなったのかなぁ」
「なんだか僕、つらい……」
と頭を垂れるシーンがある……ジョバンニの心境が分かったような気がしたよ……。
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プレミア開演前の映画館…キシニョフにて。タイトルは「PATUL LUI PROCUST(プロクストのベット)」。脚本はプーシキンと恋人の手紙をもとにしているらしい。らしい…というのは、原作を私は読んでいないということと、私のルーマニア語の理解力が、かなり怪しいためである。











往きのコンパートメント…普通の座席にシーツが掛けてあるだけ。いっけん立派そうに見えなくもないけど、すべてのものがかなり古い
 












 
国境にて。来るときは気がつかなかったのだけれど、ここで、車両自体を持ち上げて、下の車輪を取り替える作業をするの。どおりで恐ろしく揺れると思ったよ。ところで何でなんだろう。モルドバとルーマニアでは線路の幅が違うのであろうか?