コラム
ルーマニア便り

第19回

ルーマニアはバカンツァ・マーレ(ビックなバカンス)真っ盛り
 
根本陽子

東京演劇アンサンブル・演劇集団アンゲルス/俳優部所属。「奇蹟の人」<アニー・サリバン>「十二夜」<ヴァイオラ>「オセロ」<デズデモーナ>ほか多数出演。「桜の森の満開の下」<生首>では踊り手としてイギリス、ブリヤート共和国、韓国、アメリカ公演に参加。「沖縄」<垣花シズ>ではイタリア、ベトナム、「かもめ」<ニーナ>で日本人として初めてモスクワ芸術座の舞台にたつ。
現在、文化庁の在外研修生として、ルーマニアに演劇留学中!
URL:http://fame.calen.ne.jp/~yoko/
E-mail:yokonemoto66@hotmail.com
 
ルーマニアにある海は黒海だけ

「何でこう外国人っつうのは、旅行の写真を見せるのが好きなのじゃっ!?」と、よくルーマニア人のお宅へお邪魔した折りに思ったものである。写真の芸術度?が高ければある程度楽しめるかもしれないが、それこそ同じ場所のもっと美しい写真、映像、物珍しい祭りの様子などを数限りなく、日本で見て知っているようなものばかり……。
見せていただいて黙っているわけにもいかず、1枚1枚に感想を述べなければならない……これがまた……10枚も見れば単語のネタも尽きてくるってもんである。

つい最近、トルコとギリシャへ行って来た。噂に轟く?エーゲ海を初めて見たとき、一生懸命写真の説明をするルーマニアの人々の姿がふっと浮かんだ。一歩またげば他国へ行けるにも関わらず、<簡単に出ることを許されなかった人たち>が、写真を見せて、延々と自分で見てきた地を語りたがる気持ちが、そのとき、ほんの少しわかったような気がした。

ルーマニアにある海は黒海だけ。黒海というのは、その名前の通り黒い海である。上空から見るとその色の違いがよくわかるそうだが、「黒い海」以外の海の色をその目で初めて見たとき、どんな衝撃が彼らのなかに走るのだろう……そう思ったからだった。

ルーマニア・バカンス事情…今昔…

ドナウデルタからブルガリアの国境まで約200キロの海岸線のうち、60キロほどにさまざまな名前のついたリゾート地が並んでいる。社会主義時代には、階層によって使用するリゾート地が分けられていたそうで、今でもその名残りがあり、ホテルなどのクオリティーも変わってくる。

たとえば、<ネプチューン>というところにはチャウシェスクの元別荘があり、かつては党や政府幹部の保養地だったとか、<サターン>は一般労働者組合員が使用していたとか。<エフォリエ>は年配者向けで、サナトリウムもあり、湖底のヨードが含まれた泥を体に塗る治療が受けられ、<ドイ・マイ(5月2日…という意味)>にはホモ・ビーチや、ヌーディスト・ビーチ……ほかにも、ジュピター、オリンポス、ビーナス……等々がある。

社会主義時代には国民のほとんどが何らかの組織に属していた。農協、労働組合、学生同盟、ピオニール(パイオニア…という意味)というボーイスカウトみたいな子供の組織など……それらの組織を通じて、恐ろしく格安で泊まれる食事付きクーポン券が支給される。期間もさまざまだろうが、まあ、だいたい2週間とかは遊んでいられたらしい。つまり、国民のほとんどが黒海沿岸のリゾート地でのバカンスを楽しめていたということになる。

他国への旅行はどうだったのかというと、もちろん、そんな簡単にパスポートが取れるはずはなく、西側諸国へのビザも然り。通産省、外交官、スポーツ選手、文化関係などの人たちはある程度、国外に出ることは可能であったらしいが、そのほかの人たちにはまず無理。

現在は衛星放送やケーブルテレビが発達してきているから、私の部屋でも国外を含めて30チャンネル以上の番組を見ることができる。でも当時は国営テレビが2つだけで、1日の放送時間は2時間程度。ラジオは電波妨害を受けており、<他国のバカンス事情〜っ>なんて到底流れていたとは思えない。82年以降はさらに厳しさが増し、外国人と口をきくことすら暗黙のうちに禁じられていく……。

友人から<ルーマニアの今昔>を聞きながら、バカンス真っ盛りの港町でこの原稿を書いている。「<かつて>そう簡単に出ることを許されなかった人たち」とエーゲ海では思ったけれど、それは多少のセンチメンタリズムに駆られての言葉だったと反省しながら……。

過去の話というわけじゃない……人々は現在も、そう簡単に国外へ出ることはかなわない。昔のコメコン諸国(ソ連、東ヨーロッパの社会主義諸国間の経済協力を目的とした国際機構)以外へのビザ申請は、受入国側からのインビテーションを持っているか、航空チケットなどを持っているか、でないかぎり許可されない。つまりは、コネがあるか、お金があるかのどちらかなのだ。
表向きには自由になっているのに、やはり今でもそうはいかない。 現状的に、唯一許されているこの黒海沿岸のリゾート地すらも、物価が上昇し続ける今、来ることができなくなってしまった人たちが山ほどいる。

街角で、食料品店で、劇場で……あらゆる場所から聞こえてくる「バニー(お金)、バニー、バニー」というたくさんの声。「まだ、チャウシェスク時代のほうがよかった」そう言い切る人たちのなかには、まだ若い、青年と言えるような人もいた……そんな人たちの姿が、砂浜で寝そべっている人たちのあいだに見え隠れする。これから、みんな……自分の中の何を信じて、より良いと思える方向を定めていくんだろう……。

イスタンブールからの帰りのバスのなかで…

「こんなふうにバカンスを過ごすなんてこと、私の一生にそう何度もないかもしれない」と、トルコとギリシャへ出かけていった。エーゲ海、マルマラ海の浜辺で過ごし、観光客慣れしている観光地を回り、イスタンブールからブカレスト行きのバスに乗る。途端に、それまでの観光気分が一気に吹っ飛んだ。

空気が煮えたぎったバスの車内は、トルコへ買い付けに来ていたルーマニア人ばかり。ルーマニアの税関では荷物が全部チェックされるのだが、自分の荷物をバスの随所に分散し隠していたおばさまは、私の足元にもイスタンブールで買い付けたビニール製のサンダルを隠す。免税店ごとにお酒やタバコを買いまくり、それらをまた誰かの足元に……他人の迷惑なんて顧みず、汗だくになりながら暑い車内を動き回り、税関を通り過ぎた途端、それらの回収作業にまたもや汗だく。

通路を挟んで座っていたハンガリー人らしき男性は、あからさまに不快感を表わす。私はというと、そんな彼女に不快な顔をすることも笑うこともできず……私は今、ルーマニアで暮らしてるんだな……と、おばさまの必死な姿を見ながら、旅行するということと、暮らしてみる、ということの大きな違いを、自分のなかに感じてた。

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外国人も含めると、ひと夏100万人のリゾート客で賑わう黒海沿岸。ルーマニアでもっともポピュラーなリゾート地<ママイア>の浜辺。浜辺は人、人、人……ところがその数に比べると、海に入っている人はとても少ない。みんな肌を焼きに来ている
 
彼らがやっているのはバックギャモン。このゲームもとってもポピュラー。あちこちでやってる。私は今でもルールがよくわからない……
 
トルコはバスがとても発達していて、ほとんどの観光地はバスでつながってる。大きな都市では何百社あるんじゃろう……というどでかいバスターミナルがある。バス会社同士の競争は激しくて、サービスはかなり充実している。というわけでお客獲得競争もかなり激しい……ここはデニズリという街のバス停。私はここからパムッカレという街へ出発した