コラム
ルーマニア便り

第20回

飛んでイスタンブール
 
根本陽子

東京演劇アンサンブル・演劇集団アンゲルス/俳優部所属。「奇蹟の人」<アニー・サリバン>「十二夜」<ヴァイオラ>「オセロ」<デズデモーナ>ほか多数出演。「桜の森の満開の下」<生首>では踊り手としてイギリス、ブリヤート共和国、韓国、アメリカ公演に参加。「沖縄」<垣花シズ>ではイタリア、ベトナム、「かもめ」<ニーナ>で日本人として初めてモスクワ芸術座の舞台にたつ。
現在、文化庁の在外研修生として、ルーマニアに演劇留学中!
URL:http://fame.calen.ne.jp/~yoko/
E-mail:yokonemoto66@hotmail.com
その街が何処にあるのかも良くわからないまま、庄野真代が歌う大ヒット曲を口ずさんでいた子供の頃。なにしろ「飛んでイスタンブぅール〜 恨まないのがルぅール〜 夜だけの〜パラダイス」である。おかげでイスタンブールという響きに<魅惑的>というイメージだけが刷り込まれてしまった……。
というわけで、ルーマニアに来てはや9カ月。ルーマニア語圏内から1度も出ていない……「よしっ、この際だっ!」と私も飛んでみちゃうことにした。

とはいえ、貧乏旅行。飛行機で飛んじゃうえわけにはいかず、コンスタンツァという港町からブルガリアを抜け、イスタンブールへ行くバスに乗る。値段は3000円ほど。時間は……15、16時間。飛行機に乗ったらルーマニアから日本に帰れてしまう時間である。ブルガリアへの入国、出国に恐ろしいほどの時間を要すのだ。1カ所の国境で4時間くらいは平気で待たされる……次回は違う乗り物にしよ……と固く心に誓う私であった。

旅人に親切な国「トルコ」

ものすごいインフレに見舞われているトルコ。なにしろ、ルーマニアよりもゼロが多いのだから、数字に異常に弱い私はATMの前で気絶寸前。100万TL(トルコレイ)がおおよそ100円にあたる、ということが把握できるまでに吸った煙草の数知れず……。

観光客慣れした国だからだろうか、経済が大変だろうがなんだろうが、人々がやたら明るい。おまけに旅人に非常に親切なのである。こちらが困っていると見ると懇切丁寧に助けてくれる。かなり快適に旅行そのものを楽しめる国だ、と言ってもいいと思う。

イスタンブールで歩き疲れて公園のベンチで休んでいたら、木陰に座ってビールを飲んでいたおじさんが「日本人かい?」と英語で話し掛けてきた。私の隣にやってきて座り込む。で、会話が始まった。

かつてドイツに住んでいたことがある、というそのおじさんは自分の家族の写真をポケットから出して語りだす。話が、今は亡き母親のくだりにさしかかったところで涙声。「申し訳ない……」そう言って感情を一生懸命こらえようとしているんだけれど、何か喋ろうとすると、また涙……。両親が離婚して、女手ひとつで育ててくれたというお母様らしい。

ひとしきり家族の話をしてくれた後、「トルコはたくさんの観光客が来る。日本語をよく知っている人もたくさんいる。話し掛けてくる人のなかには、悲しいことに悪い奴もいるんだ。簡単に勧められた飲み物を飲んじゃいけないよ。睡眠薬入りで物盗りの場合だってあるんだ。お願いだ。何事もなく旅が終われるよう本当に気を付けて。いいかい、本当に気をつけて……」と、そのおじさんは旅の注意を丁寧にゆっくりと何度も繰り返すのであった。単に酔っ払っていただけ、と言えなくもないけれど……。

トルコ名物?「客引き」

ガイドブックにも、レストラン、ホテル、絨毯売り、観光ツアー等々の客引きの凄さと、強引さや悪質な例が延々と書き連ねてある。確かにどの店の前を通っても、必ずといっていいほど呼び込み専門の人がいる。ところが、
「うちの料理はとても安くておいしいよ。中へお入りください。どうぞどうぞ」
「ほかのお店も見てくるね」
「それじゃぁ、また後でね」
と、だいたいこんな感じ。……潔いではないの……人によってはそのあとに「楽しんでね」などとご丁寧な台詞までついてくる。

面白いなぁと思ったのは、英語や流暢な日本語で「こんにちはっっ! あなたは日本人ですか?」と寄ってくる客引きに、トルコ語で「メルハバ(こんにちは)」と丁寧に返すと、たいていの場合、相手の足が一瞬ふっと止まるのである。
そのあとは、自分が相手と話してみたかったらすればいいし、ほかへ行きたければそのままテクテクと歩いていけばいい。しつこく引き止められることもなく手を振って別れられる。

ダーッと寄ってくる客引きの勢いを半径1メートル半までで止められたら、こちらのリズムである……というのがこの旅で学習したことのひとつ……って、これって学習っていえるのだろうか……(--!) というわけで、幸運でもあったのだろうが<悪い人>には1度もお目にかかれなかった。

観光客慣れしていないルーマニア

ルーマニアは、トルコを表現するときのように、「旅行しやすく、旅人にやさしい」とは決して言えない。まだ珍しい東洋人は頭の先から足の先まで、それこそ眺め回される。<なにおぉ〜>とこちらが見返したところで、相手が目をそらしてくれるわけではない。で、そのままジーっと見つめ合ったままになっちゃう……。結局私のほうが根負けしてあらぬほうを見てしまったりして。

店先でも「どうぞ、お入りください」「あとでね」なんて気軽な会話は楽しめない。店に入っていくたびに、いたるところから視線を浴びる。人とすれ違うときに、ある種の緊張感が常に私のなかにある。

日本人にしてみれば、無遠慮な行為のような気もするし、人によっては軽い疎外感のようなものも味わうかもしれない。でも、言い方を変えれば、観光客慣れしているトルコは旅人の扱い方をよく心得ているのだ。好奇の視線だけではなくて、私と同じように街ですれ違うルーマニア人もきっと緊張するんだ。

「この国は、旅人に対してうぶな少年少女と同じなのかな……」とトルコから帰って来てそう思うようになった。「チャイナ!」「ジャポネーザ!」と揶揄するかのように口走る公園のおじさんも、<少年が、好きな子にどう対処していいか分からなくていじめちゃったりするじゃないの……>なんていうふうに考えたら、何だか可愛らしく思えてきた。

顔見知りになったお店のお姉さんやお兄さんに通りの向こうから初めて手を振ったとき、慌てたように手を振り返したり、久しぶりに会ったケバブ屋のお姉さんが、私の顔を見て嬉しそうにほかの人より多めにフライドポテトを入れてくれたり……こちらが変な警戒心を解いて一歩ふっと入り込んだとき、彼らの人なつっこさがほっとした表情と一緒に顔を出す。何しろここは東欧唯一のラテン民族の国なのだから。

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トルコ料理といえば、ケバブなどが有名ですが(ルーマニアでも食べられます)、私がはまったのはこれ<サバサンド>。写真は金角湾のガラタ橋付近にあった船のサバサンド屋さん。トルコは食べ物がどれもこれもホントにおいしくて安いのですが、非常においしいパンに焼きたてのサバを半身と、生タマネギとトマトをはさんでレモン汁を山ほどかけて食べる。これが、かなりいけるのであります。値段は100万TL(100円)ほど。この小船、寄せては返す波のおかげで笑ってしまうほど揺れているときがありまする。平気な顔してサバを焼いている彼らの足腰の強さはすごいっす……
 
食べ物の話ばかりで恐縮ですが、食は文化でありまして……サバサンド屋さんのそばにあるのが、この“漬物ジュース”屋さん。甘いのかと思って飲むとショックを起こします。観光地だからか、恐ろしく暑いなかでも、きちんと民族衣装をつけてる食べ物屋さんをよく見かけます。もちろん皆さん汗だく
 
この漬物ジュース、いろんな種類があって、たとえば「ピクルスと唐辛子を使って、味はかなり辛目がいいなぁ……」ってな具合にチョイスいたします。微妙な味のバランスをお店の人が調合。大きな氷の塊に通してコップに。冷製スープだ、と思って飲めばショックは和らぎます。慣れてきたらサバサンドと相性が良いというのがわかりましたです。あっ、ご飯と味噌汁みたいなものか……なるほど