コラム
ルーマニア便り

第22回

1通のチェーンメール
 
根本陽子

東京演劇アンサンブル・演劇集団アンゲルス/俳優部所属。「奇蹟の人」<アニー・サリバン>「十二夜」<ヴァイオラ>「オセロ」<デズデモーナ>ほか多数出演。「桜の森の満開の下」<生首>では踊り手としてイギリス、ブリヤート共和国、韓国、アメリカ公演に参加。「沖縄」<垣花シズ>ではイタリア、ベトナム、「かもめ」<ニーナ>で日本人として初めてモスクワ芸術座の舞台にたつ。
現在、文化庁の在外研修生として、ルーマニアに演劇留学中!
URL:http://fame.calen.ne.jp/~yoko/
E-mail:yokonemoto66@hotmail.com
 
情報の波に揉まれながら、本質を見極めたいとおもうとき…

知り合いからチェーンメールが届いた。米国同時多発テロに対するアメリカの力による報復反対署名である。私も、アメリカの力による報復は反対だ。でも、この署名チェーンメールを前にして考え込んでしまった……。

「チェーンメールは嫌いですけど内容に賛同した」
「25人目の人はこれをブッシュ大統領宛てに送ってください」
……何もしないよりはいい。
……そうかもしれない。
……けど、日本人として本当にやるべきことは……。

送られた側にある種の同一の感情を抱かせるという意味では、本質的に嫌がらせのチェーンメールとなんら変わることのない、どこか安易な、でも、何かをやった気になるのかも知れない、この正義のチェーンメールに署名することなのか……風潮に踊らされてしまっている気がするのは、私の勘繰り過ぎなのだろうか……。

日本では連日ものすごい報道だと聞いている。各局のワイドショーが同じニュースソースをいじくり回し、横並びに同じ映像を繰り返し流す、そんな状態が目に浮かぶ。
情報操作……偏った側からの情報だけが流される。アラブ系新聞、アメリカのCNN、大使館からの情報……さまざまな地域で流されている報道はどれも違っていて、いったい何が、どうねじ曲げられているのだ。現地にいる新聞記者たちの取材は本当にそのまま伝わっているのか……。
世界情勢にも、語学にも、人並み以上に疎い私がそれを見極めるのは至難の業だ、と呆然とあたりをみやる……。

そんななかにあって、この 「ブッシュ大統領に訴えかけよう!」という署名チェーンメールというやつは、私にとって、あまりにも手触りのなさ過ぎる行為なのである。

小松左京「復活の日」…人類全体の理性を信じたい

日本に帰国した誰かが置いていった小松左京の「復活の日」を読んでた。これは東西冷戦の時代に書かれたものだけど、一部の権力者たちの利益保守や我欲が、人間の抑制力を超える細菌兵器の出現を生み出してしまい、人類を破滅に追いやるというSF小説である。

最後に残されたのは、南極の地に閉じ込められた各国の科学者たち1万人余。全世界死滅後、細々と生き延びている人類に最後に襲い掛かるのは、やはり、権力者の愚かさが生んだアメリカとソ連の全自動報復システム。南極は、すでに忠誠を尽くすべき国家を失ったさまざまな国の軍人たち、科学者たちの共和国となっていた。彼らが生き延びるためには、誰かがシステムを解除するために死に赴かねばならない。そんな状況がこんなふうに書かれてる。

「彼らの死には、栄光などない。『義務』の観念さえなかった。<中略>4人の男たちも、それを送るものたちも、彼らが英雄として死ぬのではないことを知っていた。<中略>行くものも残るものも、ともに抱いていたのは、破滅した後までも、こんな厄介事を押し付けた、愚かで、野蛮だった『世界』に対する、やりばのない怒りだった……」

作者は、ユートピアが実現してやっと、人間が宇宙的規模で自身を捉えることができる、ということじゃなくて、闘争と殺戮を「理性的に放棄する」ことによってユートピア実現の可能性を促すことを、人類全体の理性を、信じたいのだ。

ニューヨークにはじめて行ったとき、ハーレムにあるアポロシアターへ出かけていった。「3日前に殺人事件があったばかりで危険だから行っちゃだめ」などと言われれば言われるだけ行ってみたくなるのが常である。夜の11時開演。終演は3時過ぎ。そして私たちが劇場を立ち去ったすぐ後に、そこで発砲事件があって<誰か>が死んだ。
モスクワを発って、イタリア入りしてテレビをつけたら、つい先ほどまでいたモスクワの地下道はテロにより爆破されていた。
つい最近、イスタンブールのアクサライでホテルが倒壊している映像を目にした。やはりテロによるものらしい。1カ月前うろうろしていた界隈である。

今まで大して危険な目に遭わずにいられたのは、ちょっとした<フィルムの選び違い>程度のことなのだ。

でも、現実の場面としてそのものが置かれた途端、自分自身の身の安全に対する本能的な恐怖すら、何か1枚の透過膜で隔てられてしまったかのようで……そのことは、テレビの映像を見つめていると嫌というほど感じてしまう。
でも、だからこそ……理性的に何が起こっているのかを見ようとすることができるのじゃないだろうか……そう思いたい。

あこがれを声に出さなくちゃいけないときがある

日本は、「戦争はもうしない!」そう宣言した国なのだ。再武装せず、いかなる理由があろうとあらゆる戦争行為に加担せず、武力に頼らない<新しい世界秩序>の幕開けを、願って夢見て、実現へ向けての情熱を、この国が先頭きって示さなくてどこがやるのだ。
「そんな都合のいいこと、本当に可能だと思っているのか! 現実を見ろっ! 夢物語を語ってるに過ぎんっ!」
こうやって自分が打つ文字の向こうから、「現実世界一般の常識」という顔なき顔がいっせいに声を上げる。

現状はこれだけ大変なのだ、と実現不可能な要因を挙げ連ねることは簡単にできる。だけど……ええいっ! あこがれを語ってなぁにが悪いっ!! 宮沢賢治の言葉を借りれば、
<おもうことにも値打ちがある……いつか形となってあらわれてくるよ>
なのだっ!!!
そして、無知だと誹られることを恐れずに、それらを自分の声で出さなくちゃいけないときがある。

東西の壁は破れ、世界は新たなる<もうひとつのもの>を模索し始めたのだ。《いま、新たな道を探す》……より困難な道のりではあるけれど、それをしなくちゃならないんだ……。
迷ったけど、私はチェーンメールに署名しない。そして……そのかわりに、この原稿を書くことを自分に課そうと決めた。

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市場にある蜂蜜屋さん。最近蜂蜜に凝っている。ルーマニアの蜂蜜は有名なのだ。めちゃくちゃおいしい。蜂蜜から作られている老化防止系の化粧品なども有名。もちろん、私も試してみてる……へへ
 
TEI, 500g, 5万レイ(250円くらい)…テイは菩提樹のこと。人気があるのはアカシアの花の蜂蜜。どの種類の蜂蜜もほんのりと花の香りがして、まことにもってさわやかな甘さなのであります