コラム
ルーマニア便り

第23回

ドラッジ・プリエテニ・メイ(愛すべきわが友人たちへ)
 
根本陽子

東京演劇アンサンブル・演劇集団アンゲルス/俳優部所属。「奇蹟の人」<アニー・サリバン>「十二夜」<ヴァイオラ>「オセロ」<デズデモーナ>ほか多数出演。「桜の森の満開の下」<生首>では踊り手としてイギリス、ブリヤート共和国、韓国、アメリカ公演に参加。「沖縄」<垣花シズ>ではイタリア、ベトナム、「かもめ」<ニーナ>で日本人として初めてモスクワ芸術座の舞台にたつ。
現在、文化庁の在外研修生として、ルーマニアに演劇留学中!
URL:http://fame.calen.ne.jp/~yoko/
E-mail:yokonemoto66@hotmail.com
 
「やややっ……」と思える友人ができることって意外と少ない。ルーマニアに来てからできた、<出会えた>そう思える友人たち。そのこと自体が私に新鮮さとエネルギーをもたらしてもくれたし、大きな影響を与えてくれた。そういう出会いって、いままでもそうそうあるものじゃなかった。

「ヨウコの宗教は何か?」と聞かれると、説明するのはややこしいので、いつも「んー、アプロアーペ・ラ・フェル・ブディスタ(仏教徒にかなり近し!)」と訳のわからん答え方をしている私だが、
「神様、ありがとうっ!」
という感じである。

白衣の天使!…か? Sちゃん

私と同い年の友人Sちゃんは、海外青年協力隊としてブカレストの病院に勤務している。医療の現場でルーマニア人と一緒になって働いている彼女から、私の生活パターンでは知ることのないたくさんのことを彼女の経験を通して聞く。

まっすぐでエネルギッシュな彼女は、日本とルーマニアの、看護に対する意識や、歴史の流れのなかでの人々の考え方の違いなどから起こるさまざまなことに、本気で怒り、悔しがる。

人命を尊重したがために上への報告が遅れ、それを理由に優秀な婦長さんが辞めさせられたとき、断固として抗議しようとする彼女に「お願い、止めて。あなたはしばらくしたら日本に帰るけど、私たちはずっとここにいる。上に睨まれたら私も辞めさせられる」と迫る同僚。みんな生活を抱えている。

共産主義時代の悪癖なのだろうか、動くのは上司から言われたことに関してだけ。自ら率先して動かない。看護婦同士の足の引っ張り合い……この国のなかでの同僚たちの世界観も理解しようとしながら、不当なことに対しての怒りやなぜなんだ、という思いに挟まれ揺れ動くSちゃん。

「でも、こっちの患者も我慢強いよぉ。緊急で運び込まれて来ても、医者と看護婦の世間話が終わるまで黙って待ってるもん」
……なんで患者は文句言わないの?
「彼女たちは、今その話がしたいからしてるの。自分に正直だとも言えるか。それがこっちでは当たり前だったりする。おもしろいよね。あっ、心臓とかも日本人より大きいんだよ」

そう言って笑う彼女は日本の生活を持ち込もうとしているわけでは全然なくて、むしろ人一倍早く、ルーマニアの色を、体に吸収させていっているように見える。次々と沸き起こるトラブルを、自分の中で工夫と発見に変えていく。あくまでもおおらかに……。

彼女が本気で、怒って悔しがって喜んで楽しんで……そういう姿を前にすると、私はついついにやにやしてしまう。何に対しても本気になれない、そんな人が多いような気がするなぁ……と思ってしまうなかで、遊ぶことにも仕事にも他人に対しても、体ごとぶつかっていく彼女を見ると嬉しくなっちゃうのである。

女子大生「博士」

たまたま街中で声をかけてくれたことで知り合った日本人留学生(仮に「博士」としておこう)は私とほとんど同じ時期にこちらに来ている。しかし、なぜゆえにこれほど語学力に差があるのであろう……というわけで演劇フェスティバル参加の際に通訳をお願いして一緒に数日間を過ごしたのだけれど……あっけにとられてしまった。通訳としての難しい場面でも大胆不敵、動じない。うっ、なんだぁ??この若さで……。

この博士、いまどき珍しい苦学生?である。大学の寮に住んでいるのだが、ルーマニアからの奨学金は月12ドル。「それも遅滞されちゃったりするんですよっ!」……そのなかから寮費も払ってる。というわけでアルバイトをしたりしながらブカレスト大学で勉強してる。
「いやぁ、最近はロシア人の学生とご飯作って食べてるんですけどね、今日は肉なしカレーっす。肉食べると寮で自慢できるんですよ」

とにかくこの大学の寮というのが凄いところらしい。それぞれの得意分野でいろんな商売が成立しているようで、<壁に穴あけます><洗濯引き受けます。1キロ××レイ><インターネット月5万レイ(250円)>「でも、このサーバー屋、しょっちゅうメンテナンスなんですけどね……」
とにかく生活が大変な学生たちが住む凄まじき学生寮に、うら若き日本の女子大生が住んでる、ってことだけで驚きだけれど、そのなかでいやぁ……じつに堂々と生活を楽しんでいる。

Sちゃんも博士も、演劇フェスティバルの私たちアンゲルスの舞台仕込み、本番、とあらゆる場面を手伝ってくれていたのだけど、まったく知らない世界のなかにサッと入り込んで手伝う、ってことは簡単なようで意外と難しい……<自立してるなぁ>と感動的な思いで私は彼女たちのすることを見てた。
自立してる……彼女たちはそのときに自分がやれることを、その場の状況を判断して自ら動く。指図されたりすることを待ってない。

それぞれがそれぞれのルーマニア

かつてルーマニアに行ったことがある、暮らしたことがある、という日本人の方々からメールをいただく機会が増えてきた。「自分のときはこんな感じだった」とか、「もう2度と行くもんかと思ったけれど……」等々。
同じルーマニアにいるからといって、みんながみんな同じことを体験するわけじゃない。Sちゃんも、博士も、私も、それぞれのルーマニアを体験してる。そして、彼女たちを見てると、<いい鍛えられ方してるなぁ。硬くならずにのびやかにおおらかと……私もそうでありたいな> などと思ってしまうのである。

これは、余談。電話でわたくしの母に、いい友だちができたよ、と報告したときのこと。
「その人は××(わたしくしの実家のある町)の人っ!?」
……数少ない日本人しかいないルーマニアで、同郷人と出逢う確率はかなり低いと思うのだが……思わず吹き出してしまって、
「どうしてそう思ったの?」
……どうやら、日本に戻ってからも娘の近くに住んでいてくれたらいいのにな、と、とっさに思ったらしい。全世界の広がりや複雑さも母上の頭の中ではストレートである……。
だけれど、私は実家には住んでいないわけで……電話もほとんどしない、手紙も出さない不精な娘には何も言わないけど、そばにいて欲しいとの想いがおもわずそんなことを言わせちゃうのであろうな。

「お母さん、留学決まったので行ってきます」
「ルーマニア???!! そんな遠いところ、お布団どうするの!!」
……お布団担がせて飛行機乗せるつもりですか??

いやぁ、ほんとに、私はそんな周りの人たちに笑わせてもらって、支えられて、エネルギーをもらってる。

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アテネ音楽堂。9月中はジョルジェ・エネスクのフェスティバル期間中。あちこちで毎日コンサートが行なわれている。こんなことでもないとクラシックコンサートなど行かないので行ってみた。日本人の顔もかなり見られた……劇場ではほとんど見たことがないのだけど
 
コンサートホール。ジョルジェ・エネスク(1881-1955)。世界的に有名なヴァイオリニストで、作曲家。あちこちにこのポスターが貼ってある。しかし……なかなか二枚目である。9月24、25日は日本のSEIJI OZAWA氏が来る。でもその日のチケットは最低でも30万レイ(1500円)はするらしい。芝居はせいぜい5万〜6万レイ(200〜300円)
 
大学広場にて
「1989,12,21-22 革命の英雄たちに」とある。この裏の壁には「天安門」という字が書かれていたのだけれど、つい最近、気がついた