コラム
ルーマニア便り

第26回

ルーマニア発・日本着…さてお次は何をしよ
 
根本陽子

東京演劇アンサンブル・演劇集団アンゲルス/俳優部所属。「奇蹟の人」<アニー・サリバン>「十二夜」<ヴァイオラ>「オセロ」<デズデモーナ>ほか多数出演。「桜の森の満開の下」<生首>では踊り手としてイギリス、ブリヤート共和国、韓国、アメリカ公演に参加。「沖縄」<垣花シズ>ではイタリア、ベトナム、「かもめ」<ニーナ>で日本人として初めてモスクワ芸術座の舞台にたつ。
文化庁在外研修生として、1年間ルーマニアへ演劇留学。ただいま帰国…ほやほや…
URL:http://fame.calen.ne.jp/~yoko/
E-mail:yokonemoto66@hotmail.com
 
1年なんて光陰矢の如し。私は何かをした、と言えるのかしら?という思いがときおり頭をよぎるけど、とにもかくにも1度は帰国しなくちゃいけない。感慨深い別れの挨拶なんてする余裕もないまま、慌しく帰国の準備。

最後まで物事はすんなりと進んではくれないのだ…

まず、外国人にとってはかなりややこしい場所であるルーマニアの郵便局へと荷物を持ってえっちらおっちら。JICA(海外青年協力隊)で地方に住んでいた人の体験談では、毎日ひとつずつの荷物を持って郵便局に2週間通い詰めだったそうな。1度に持っていったら受け付けてくれなかったそうで。なぜかという理由はこれといってなし。単にめんどうくさいからであろう。

私の場合、郵便局に勤めているルーマニアでの私のママが、事前に電話で国際郵便局内の担当者に連絡を入れて一緒に付いて来てくれた。ルーマニアはコネクションの世界でもある。にも関わらず、やはり窓口ではすったもんだ。

中身は全部調べられるので荷物は開封したまま持っていく。本のみだったら5キロまでの小包にすると郵送料が安いと聞いて、徹夜で作成した30キロ分の書物の箱も、訳もわからないままバラバラにされ、書類を書かされ、この用紙ではだめだからこちらに書き直せ、等々の繰り返し。書いた書類の枚数全部で8枚…ルーマニア人相手でこれだもの…私ひとりだったらどうなっていたのだ…。

お次は航空チケットを受け取りにアメリカ大使館のそばにある航空会社のオフィスまで。大使館の周りは玩具のような機関銃を持った20人ほどの兵隊で埋まっていて、人々は道路を迂回しないと通れない。「横暴だなぁ」とぶつぶつ。

そういえば先日、ルーマニア北部へ小旅行へ行ったとき、列車の中に、帽子から胸元から…アメリカの国旗をかたどったバッチをつけまくっている「アメリカ大好き!」ルーマニア人がいた。ほかのコンパートメントにいたにも関わらず、私たちを見つけてわざわざ扉を開けて話し掛けてくる。とにかくしつこい。とどめは「これをあげようっ!」と差し出されたアメリカ国旗のステッカー。
「アメリカが嫌いだから、ヌー・ムルツメスク!(ノーサンキュー)」
拒否されると思っていなかった彼は意外そうに、
「何で嫌いなんだ」
「今、戦争してるでしょ」
「日本だって軍隊を派遣して戦争してるじゃないか」
「……」
うーっ、言い返す単語を知らない自分にまたもや苛立ち…。兵隊たちの横を通り過ぎるとき、そんな出来事をふと思い出した。航空会社のオフィスでは「空港のチェックインは3時間前」と告げられる。テロの影響だ…。

オトペニ空港にて

ところで、手荷物制限を守れる人ってどのくらいいるのかしらん。少なくとも私は毎回無理である。おまけに今回はスペシャル版の重さ。んー、いかに誤魔化すか…かなり順調!と思って油断していたら、しばらく後に呼び止められて再チェック。んでもって超過料金10万円!!!
「払えるわけないっ!!」
「気持ちは分かるけど、いくらなんでも重すぎる」
「そこを何とか! お願いっ!」
とカウンターで大騒ぎ。いろんなものを捨てるパフォーマンスやら「どうせ捨てるならあなたたちにあげるわよっ」の賄賂攻撃まで、その場で思いつくありとあらゆる駄々をこねて何とか1万円まで値下がり。出発時間も迫ってきたし疲れてきちゃってこのへんで勘弁しておいてあげた…ふーっ。
やっとこさ機上の人となれたものの、感傷に浸る暇などないままに、意識が戻ったときにはすでに成田であった。

帰国後…怠慢な自分の日常と闘うために…

街中で知人に会う。「おっ、ただいま。おととい別れたっていう程度のもんだね」と会話を交わす。テレビにふと目をやる…1年前と同じ番組が内容もそのままに流れてる…1年なんてどうってことのない長さなのだな。<何も変わってない…あれれっ???>そんな状況に軽い驚きを覚えている自分がいた。

たいした時間じゃない1年間で、私の中で何かが変わったかのような気がしてた。だからそれと呼応するように、私の周りの世界も何かが大きく変わったかのように<見える>はずだと無意識に思っていたのかもしれない…。でも…そこはこれから自分で創っていかなくちゃいけない部分なのだな。自分次第か…。

創造的でありたいと思うことは、放っておいたら怠惰に緩慢に流れてしまう自分の日常とのバトルだ。未知の国では、簡単に済ませられるはずのことでも笑っちゃうほど必ずトラブルがあって、それらは新鮮で刺激にもなるし、考えたり感じたりすることの動機にもなる。でも、勝手知ったる日本に戻ってきた途端、私は驚くほど簡単に、短時間で、生温いものに押し流されることに慣れてしまうかもしれない……。

一瞬ゾッとするような冷たさが背筋に走る。
<じゃぁ…次は自分に何を仕掛けたらいいのだろう>
成田から銚子へと、ルーマニアでは食べられなかった新鮮なお刺身を目指して走らせる車の中で、そんな思いに駆られるのでありました。


[次のページへ]
  
ルーマニア北部にある町…スチャバには「5つの修道院」と呼ばれているものがある。門を開けたとたんバラの花を植えている修道女たちと遭遇。ひっそりとした彼女たちの絵のような美しさにしばし見とれる私でした…
 
どの修道院も、その壁面には朱と青が鮮やかな宗教画が描かれている。絵をよく見るとその当時の政治的背景などが伺えてかなり楽しめる
 
モルドバ共和国の「ユジェーヌ・イオネスコ劇団」来日。私は「ゴドーを待ちながら」の字幕担当ということで、ツアー全行程に参加…前橋市の旅館でくつろぐ劇団員面々。この模様は次回にて