コラム
ルーマニア便り

第27回

「ユジェーヌ・イオネスコ劇場」日本公演 裏方騒動記<準備編>
 
根本陽子

東京演劇アンサンブル・演劇集団アンゲルス/俳優部所属。「奇蹟の人」<アニー・サリバン>「十二夜」<ヴァイオラ>「オセロ」<デズデモーナ>ほか多数出演。「桜の森の満開の下」<生首>では踊り手としてイギリス、ブリヤート共和国、韓国、アメリカ公演に参加。「沖縄」<垣花シズ>ではイタリア、ベトナム、「かもめ」<ニーナ>で日本人として初めてモスクワ芸術座の舞台にたつ。
文化庁在外研修生として、1年間ルーマニアへ演劇留学。ただいま帰国…ほやほや…
URL:http://fame.calen.ne.jp/~yoko/
E-mail:yokonemoto66@hotmail.com
 
帰国後初!のお仕事

この連載にも何度か登場したルーマニアの北部にある小国、モルドバ共和国の「ユジェーヌ・イオネスコ劇場」が今秋来日。群馬県前橋市、東京都品川区、石川県金沢市、の3カ所で公演を行なった。
作品はベケット作「ゴドーを待ちながら」とイオネスコ作「瀕死の王様」の2作品。両者ともに不条理劇で知られる作家である。

舞台はルーマニア語での上演。で、私のお仕事というのは「ゴドー…」の字幕スーパー出し。ルーマニア滞在中に決まっていた話であったので、帰国直前はルーマニア語版の戯曲と悪戦苦闘。帰国の日時もこの公演準備に間に合うぎりぎりの日時設定であったので、荷物をほどく間もないまま字幕作りに突入。

Power Pointを使っての字幕スーパー

字幕をどうやって出すか…はかなり悩んだ部分。結局 、Power Pointを使ってスライドを作成。パソコン操作で、それらをプロジェクターを通して映し出すことに決めた。キーを打てば次のスライドに切り替わるから本番中の操作は簡単だし、諸所の条件を考えるとこの方法がベストである、という判断。

ところで、私のお師匠も私も、このソフト使ったことない…。「はいっ」と手渡された「はじめてのPower Point!」の分厚い本を片手に、彼がすでに翻訳し終えていた台本をスライドに起こしてみたら、上演時間3時間の「ゴドー…」は約1400枚…。台詞を一つひとつ出していたら恐ろしいスピードになってしまうっっ。観客は読みづらいうえに、芝居を観ずに字幕ばかり追いかけることにもなりかねない。

この舞台は5年前に来日上演した際のビデオが残っているので、それを見ながら「このあたりの間合いは早いだろうから複数の台詞を1枚にまとめる。ここは分けたほうがいいな……」などのアタリをつけて整理。今回の上演台本は若干以前のものより増えてはいるけど、それはもうゲネプロ※を見てから現場の作業としてやるしかない。というわけで1000枚近くにまでとりあえず減らす。

彼らが到着する前日、ふたが開けられたままのスーツケースやらゴミやら書類やらで賑やかな深夜の部屋では「ま、ま、間に合ったぁ〜」の雄たけびがコダマする。たくさん課題は残っているけれど、今やれることはここまでである。「瀕死の王様」はお師匠の担当なので私はノータッチ。でも、彼の心配は無用なのだ(^^)。

アドリブバンバン飛び交う舞台…不安だぞぉ

まず最初の公演地は「ゴドー…」1本のみの前橋公演。ルーマニア語の達人である我がお師匠は、先に決まっていたほかの仕事のスケジュールのため、「彼らの要望にできる限り答えてあげて。“死ぬ気”で頑張ってね」のお言葉を残してブカレストに飛んでしまった。彼が再び合流できるのは東京公演の「瀕死の王様」からである。

政治的・国際的危機から日常生活に至るまでの、ありとあらゆる危機管理に抜群な強さを発揮する彼がいれば、安心して字幕に専念できるんだけどな…なにせアドリブがバンバン飛び交う芝居である。彼らはルーマニア語片言のYokoに向かって話し掛けてくれてるわけじゃない…。

芝居なんて稽古しなおせば変わってしまうのが当たり前。事前に芝居を観ていれば、アドリブか台詞かくらいのことは、たとえ言葉が聞き取れなくてもカンで分かると思うけれど…ほとんどぶっつけ本番かぁ。対処できるだろうか…。
というわけで通訳の仕事は「私には容量オーバー!  無理っ!!」と懇願して通訳さんを別に探してもらった。

不安要因はほかにもある。前橋市での仕事の全体像がまったく見えない。おまけに同行するのが、劇団員メンバーのほかには私と通訳さんの2人だけ。制作に関わったわけでもないから、現地でどんなことになっているのかまったく知りません状態の人間だけが公演地に乗り込むのである。
「ダル・セ・ポアテ(でも、まあなんとかなるさ)。やるしかないのだっ!」

しっかし、自分でなんとなく想像していた不安要因なんて、とんでもなく甘いものであった、というのを現場入りしてから思い知るのであります……。

ツアーに参加したかった理由…

日本語ぺらぺらのルーマニア人でも日本語を読むのは難しい。それならば、ルーマニア語ぺーらぺら(−−!)のYokoがやったほうが“まだ”よいであろう。役者だし、舞台のこともわかるだろうし、彼らとも面識があるし…というのが、この公演をお手伝いすることになったいきさつである。

でも、なぜこの公演を手伝いたいと思ったのかは、私なりの別な理由があった。もちろん彼らの仕事に共感している部分が多い。彼らの実力と中身の凄さと、それらに反して自国で背負っている彼らの苦労というものを、多少なりとも知っているから、今回の公演に微力だけど手を貸したかった。でも、もっと大きな動機は、自分にとって今回のようなことをやり遂げることが、これからの自分の生き方のうえでとても大事なことのような気がしていたからだった。
最初はカンでしかなかったかもしれないけれど、そのカンの中身は公演を続ける中で、だんだんはっきりとした形をとっていった…。

えーいっ!<困難を潔く引き受けようではないかぁっ>の掛け声を自分にかけつつ、とにもかくにも前橋入りしたのであります。
<次回に続く>


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「ゴドーを待ちながら」舞台写真。日本の演劇界では「ゴド待ち」の略称で通じる?有名な作品。日本でも上演する劇団は数多い…
 
「ゴドーを待ちながら」舞台写真。登場人物は5人。役名は左からウラジミール、ラッキー、エストラゴン、ポッゾー

※ゲネラルプローペの略。演劇などで、初日の直前に本番とまったく同じ手順で行なう総稽古
 
今回のツアーにはジャズと伝統的音楽を融合させた3人の音楽家グループ「トリゴン」が同行していた。彼らは芝居の開演前にロビーで演奏