コラム
ルーマニア便り

第28回

「ユジェーヌ・イオネスコ劇場」日本公演 裏方騒動記<前橋公演編>
 
根本陽子

東京演劇アンサンブル・演劇集団アンゲルス/俳優部所属。「奇蹟の人」<アニー・サリバン>「十二夜」<ヴァイオラ>「オセロ」<デズデモーナ>ほか多数出演。「桜の森の満開の下」<生首>では踊り手としてイギリス、ブリヤート共和国、韓国、アメリカ公演に参加。「沖縄」<垣花シズ>ではイタリア、ベトナム、「かもめ」<ニーナ>で日本人として初めてモスクワ芸術座の舞台にたつ。
文化庁在外研修生として、1年間ルーマニアへ演劇留学。ただいま帰国…ほやほや…
URL:http://fame.calen.ne.jp/~yoko/
E-mail:yokonemoto66@hotmail.com
 
ルーマニアの北部にある小国、モルドバ共和国の「ユジェーヌ・イオネスコ劇場」が昨年11月に来日。群馬県前橋市、東京都品川区、石川県金沢市、の3カ所で公演を行なった。5年前の前橋演劇祭にイオネスコ劇場が初来日し、初公演。今回は前橋芸術週間という団体が彼らを再度招聘。「ゴドーを待ちながら」再演!の運びとなった。
舞台はルーマニア語。というわけで、このときの私のお仕事は字幕スーパー出し。

制作マン兼任への道のり…プロローグ

11月7日、成田空港から一路前橋へ。現地入りするメンバーは劇団員のほかには、私と通訳のルーマニア人女性だけ。あれっ?このなかには彼らの招聘に関する事情通がひとりもいない。制作的なことは誰がやるのだ?
もしかして……わたし…か??……まさか……。
そしてこの現状ではその“まさか”が現実なのである。旅館にて、待てど暮らせど主催者側からの連絡はこない。
ラチがあかん…下見も兼ねて現場までひとりトボトボ出かけてゆく。そして夜の11時。

「あのー相談なんですけど、今夜、吊ってある照明機材を1度全部引きあげるので、舞台の仕込みが始められるのは(劇団のスタッフが)明日の夜からになっちゃうんですけど」
という主催者のお言葉……そこでの私の怒髪ぶりは、まあおいといて、予算の関係で、一晩のリース料金を数字上どうにかしたいということなのだろう。

でも、舞台の仕込みで一番時間と労力を必要とするのは照明である。本番は明後日の夜。おまけにこの会場は通常の劇場ではない。元銀行を改装して劇場にした……というが、私からみればこれは劇場とはいい難く……舞台も客席もイントレを組んだもの。あらゆる面で今はまだ“仮設の会場”である。

照明設備のまったく違う国からやってきた照明さんはたったひとり。そして彼らが日本に到着してまず最初にやる場所はここなのである。つまり、回路を取り、アタリをやり、そしてシーン作りと言われるひとつひとつの照明機材を場面によってレベル調整してデーターをとる作業も、ここで初めてやるということである。3時間の芝居であれば、少なくとも100シーンはあると想像できる……たったひと晩で初日の幕が開くわけがない……。

舞台監督兼任への道のり…プロローグ

さらにこちらの状況を聞いてみると、日本側のスペシャリストはひとりもいない……。通常劇場には小屋付きといわれるトータル的にその劇場の技術的なことが分かっている責任者がひとりいるけれど、紹介された若い男の子はあくまで今回のフェスティバルのボランティアの方である。

照明機材の引き取り問題はクリアし、これまで通りのスケジュールに戻しはしたけれど……通訳のイオアナちゃんには照明さんベタ付きになってもらうことにして……ということはほかの局面での、音、舞台等々の通訳は?? 私かぁ??…マジ?……。
それと、劇団側の舞台監督では出来ない部分、日本の舞台システムのことが分かってて、イオネスコ側の意図を理解しながら現地のボランティアの人たちを舵取りする人間……誰がいる?……ほかに誰もいない……一瞬、気が遠くなりかけた……。

翌日、仕込み開始。照明、音響は、リース会社の人たちに、本番を通しての協力をお願いしたけれど、お互いの慣習や、考え方の違い、文化の違い、認識の違い……そこからさまざまな問題が、当たり前だけど噴出する。
今どんな問題が起こっているのか、言葉では理解が不十分なぶん、走り回って事態を把握するしかない私……。もっと必死にルーマニア語やっておけばよかったよぉ……と日本に帰ってきた途端身に染みるとは情けない話である。

フェスティバルを創り出すということって…

とにかく幕は開けた。開いたではなく、私の実力の範囲のなかで、「開けた」と言い切れるだけのことはやった……。でも<フェスティバルを創り出すってことの中身って、いったい何なのだ???>と問い続けながら走り回ってた。
その問いは、<受け入れる側も招聘される側も、ともども創造レベルを高めてゆけるような、“次の仕事へつなげてゆきたい”そんな相互の信頼が築けるような……そういう現場のあり方ってどういうこと? どうしたらそういう創造的な場を創れるんだ??>という思いに変わっていった。

祭りを楽しむことは大事だ。でも、こうしてフェスティバルを開くということは、どこからか予算を調達してきて、書類上で受け入れの段取りをし、場所を提供し、かっこいいデザインのグッズを作ったりして、一過性のお祭り騒ぎをわいわい楽しむ、それで終わっていいことなのか?

祭りをやった充足感は残る。でもこのやり方で、次の新しい何かを、本物を、生み出す力となりうるのだろうか?? 主催者側には舞台を創るということがどういうことなのかの認識に欠けていたと言わざるを得なかった。そして、段取りを組む一番最初の段階で、劇団側と現地との総合能力を正確に把握、スタッフは何人必要だなどの判断が出来る人間を欠いていたと思える。
イオネスコ側の問題でいえば、国の内情を反映した、劇団自体が抱えている事情からくるスタッフ力の弱さがあった。

申し訳ないけれど、受け入れ側の運営方法含めた“素人性”が次々と露呈していくなかで、<問題の根っこはもっと大きなものなのかもしれない>
そう思えて仕方なかった。いま、日本の機構のなかで、こういうことをやろうとするとき、資金の問題にしろ、中身の問題にしろ、私たちは新しい方向性を探り出さなくちゃいけないんだな。

ところで……肝心の字幕スーパーのこと。スライドの準備に取り掛かれたのはもう直前。おまけに舞台稽古は本番通りではなくて部分だけ。結局ぶっつけ本番でござった。

……ああああぁードアムネっ!(女神さまっ!)

いやあぁな汗をかきつつ、「自分が舞台に立ってるほうが気が楽だ……」とこれだけ緊張した本番を迎えたのは役者生活はじめてであります……ホントです……。
<次回に続く>


[次のページへ]
  
「ゴドーを待ちながら」舞台写真。左からエストラゴン(ペトル・ブトカレウ)、ポッゾー(ヴァレリウ・パオミ)
 
舞台写真。縄で首をつながれたままのラッキーが延々と意味不明な台詞をしゃべり続けるシーン。左はエストラゴン。客席では3人のバニーガールが観客にお菓子や、なぜかコンドーム、などを配っている……
 
芝居の開演前は3人の音楽家「トリゴン」のロビー演奏。お客さんを相手にヴァイオリンを弾いている(アナトール・ステファネット)