コラム
ルーマニア便り

第32回

「ユジェーヌ・イオネスコ劇場」日本公演 裏方騒動記<エピローグ2>
 
根本陽子

東京演劇アンサンブル・演劇集団アンゲルス/俳優部所属。「奇蹟の人」<アニー・サリバン>「十二夜」<ヴァイオラ>「オセロ」<デズデモーナ>ほか多数出演。「桜の森の満開の下」<生首>では踊り手としてイギリス、ブリヤート共和国、韓国、アメリカ公演に参加。「沖縄」<垣花シズ>ではイタリア、ベトナム、「かもめ」<ニーナ>で日本人として初めてモスクワ芸術座の舞台にたつ。
文化庁在外研修生として、1年間ルーマニアへ演劇留学。ただいま帰国…ほやほや…
URL:http://fame.calen.ne.jp/~yoko/
E-mail:yokonemoto66@hotmail.com
 
字幕スーパーの担当としてお手伝いした、モルドバ共和国のイオネスコ劇場来日公演の様子を“演劇フェスティバル”って何なのかなぁ…ということで4回にわたって書いた。けど、芝居の中身のことについてはなんにも触れていない。
で、いったい彼らの芝居は私にとってどうだったんだろう…てことで…。

彼らは2本の芝居、サミュエル・ベケット作の「ゴドーを待ちながら」とユジェーヌ・イオネスコ作「瀕死の王様」を持ってきた。不条理劇を代表する2大作家である。前回、2作品分まとめて書こうと思っていたら、書き切れなかった…で、今回はその続き。(^^!)

ユジェーヌ・イオネスコ作「瀕死の王様」

「瀕死の王様」はルーマニア生まれの不条理劇作家ユジェーヌ・イオネスコの作品。とある王様が、第1王妃と侍医に「あなたはもうすぐ死ぬ」と宣告される。王様が本当に病気なのかどうかはわからない。けれど、第2王妃との甘い生活に固執する王様の症状は、芝居が進むにつれ悪化?していく…って、ストーリーをいくら解説しても何にもならない、か…。

文句なしに笑った「ゴドーを待ちながら」とうって変わってシリアスな芝居創りであったこの作品。だからといって、悲しく終わるような類のものではないのだけれど、ね。台本を読んだときは、もっとハチャメチャにやるかな…と想像していたのだけれど、見事にそれは裏切られちゃった。こういう芝居もやれるんだぞ、っていう実力を見せられたってカンジでしょうか…(^^)

彼らの「瀕死…」を初めて観たとき、「あー、イオネスコ劇場の“歴史”そのものをやっているのかな…」という印象を受けた。王様を演じていたのは、演出家であり、俳優であり、この集団の存続という責任を負っているペトル・ブトカレウだけれど、彼自身の姿がそのままそこにあるような気がした。作品のなかに登場する「王様」のことを、世界の歴史のなかの出来事と照らし合わせて、抽象的な存在としてあれこれ解説することは可能かもしれない…けれど、私には個人史の印象のほうが強く残った。

来日直前のキャスティング変更…

「ゴドーを待ちながら」は6年前の来日公演と今回とでは、キャスティングが変わっている。今回の日本公演の直前に、劇団創立からの主要メンバーが辞めてしまったのだ。前回公演を観て私が感じていた、お見事っ!という妙味は、今回の公演では薄れてしまった。たとえ演出が変わらなくとも、俳優が替われば芝居自体の印象が変わってくるのは当たり前である。

たとえば「ゴドー…」のウラジミール役は若手の俳優に替わった。エストラゴン役のペトルは、前回は同年輩の俳優が演じているウラジミールに対して、我儘放題だけれど彼に甘えているエストラゴン像を創り出し、それをのびのびと演じていたけれど、相手役が若手俳優に替わってしまえば、今度は兄貴分になるわけだからそうはいかない。
ほかの配役もほとんどが若手俳優たちに替わっていた。「瀕死の王様」も同じように、直前のキャスティング変更が行なわれたのではないかな。

モルドバ共和国内での「イオネスコ劇場」は今現在、政治的に冷遇されている。昨年、彼らを快く思っていない親ロシア派の大統領へと替わってしまったからだ。彼らが抱えている自国での現実はそうとう厳しい。イタリアで活動することを選んだ俳優たちもいる。イタリア語もラテン語から派生した言語なのでルーマニア語とよく似ている。言葉の壁も解決しやすいのだろう。金銭面での苦しさを理由に、自分の国から離れた俳優たちもいる。ペトル・ブトカレウという、強烈なエネルギーを放つひとりの創造者のそばが息苦しくなった俳優たちもいたかもしれない。

“状況に添い遂げながら”の作品創り

東京公演での中日祝いを兼ねて一緒に食事をしたとき、
「私たちは今、モルドバ国内での公演がまったく出来ない状態だ。<イオネスコ劇場はもう消滅した>と思っている人たちもいる。でも、私たちは今も存在しているのです。日本でこうして公演をすることで、私たちはやっと呼吸ができる…」
と、ペトルが静かに挨拶をした。
国外での評価も高く、実力もある彼らだったら、もっと楽な生き方を選ぶこともできるはずだ…。でも、彼らはモルドバ共和国を捨ててしまっての「イオネスコ劇場」の存在はあり得ない、と言い切っている。

直前のキャスティング変更等々で、創り切れなかった部分をたくさん残していたと思うけれど、それについての言い訳なんて、もちろんなかった。でも、芝居を創るということは、そういう状況すら含み込む、ということでもある。
――静かに語られる言葉のなかに、“困難であろうと、そこから逃げ出さない作品創り”を選んでいる彼が背負っている覚悟と“状況に添い遂げながら創るのだ”という潔さすら感じられた。

舞台の上での俳優たちは、軽やかだったし、優雅だった。けれどこの「瀕死…」を観ていると、軽やかで優雅であればあるほど、ちぐはぐな何かを感じてしまう…(うまい言い方が見つからないけれど…)。
それは彼らの、生きることに対する必死さが見え隠れしていたからかな…と、このときの挨拶を聞いてフッと思ったのである。

ようやくひと区切り…さて、これから…

彼らの日本公演のお手伝いは、私にとって1年間のルーマニア滞在のひとつの区切りだった。これが終わってようやく「帰国しました」と報告できるような気がしていた。<これから私は、“何を”やりたいのだ…>を本腰入れて模索しなくちゃいけないことになったわけである…。非常に曖昧で、モヤーっとしているけれど、とりあえず動き出さなくちゃ…というわけで、いま日本での“状況に添い遂げながらの作品創り”に、俳優として再度関わろうとしている。

というわけで、帰国第1作となるのが、金沢市民芸術村・ドラマ工房でのアンゲルス第6回本公演:「Night Of Galaxy Express」−銀河鉄道の夜より−なのでございます…。ふーっ


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「瀕死の王様」舞台写真より。第2王妃と侍女。かつらをつけてメイクなんかバシッと決めちゃうと、さすが<正統派モスクワアカデミー卒業!>という風格が漂っちゃうのであります
 
「瀕死の王様」舞台写真より。衛兵役の愛称コスティカ君。モルドバ訛りがちょっとある、なかなかの2枚目俳優