コラム
役者という生き方〜貧乏ものともせず

第2回

わたくし流…貧乏を楽しく過ごす方法???
 
根本陽子/女優
「奇蹟の人」「十二夜」「オセロー」ほか多数出演。「桜の森の満開の下」では踊り手として、イギリス・ブリヤート共和国・韓国・アメリカ公演に参加。「沖縄」では、イタリア・ベトナム。「かもめ」ではニーナ役で日本人として初めてモスクワ芸術座の舞台にたつ。
2001年、文化庁芸術家在外派遣研修生として1年間のルーマニア滞在を終え帰国。貧乏をものともせず、「集団に依存しない真のクリエイターの姿」を模索しながら活動中。
URL:http://fame.calen.ne.jp/~yoko/
E-mail:yokonemoto66@hotmail.com
 
居住空間イメチェン計画

私は今、友人宅で間借りしている。ルーマニアへ出発する際、それまでの部屋は引き払ってしまった。帰国後は、仕事上、別の地にて仮住まいをしているため空いている友人宅にお邪魔している。
というわけで、快適な3DKが、超ウルトラスーパー破格のお家賃。そうでなければ収入があるやらないやらようわからん生活をしている私が生きていけるわけがない。貧乏な、もとい、社会的に地位の低い低所得者である我々の美しい?ところは、かなり助け合って暮らしているということになるのかな(^^!)

旅公演に出ればほとんど毎日飲み歩く…(注:お食事処が閉まっている時間帯にフリーになるので“仕方なく”飲み屋さんへ入るのである)。お金を持ってないヤツも何故か一緒に飲んでいる。人一倍呑み食いしていても、そのとき払えるだけしか払わない。フトコロに多少の余分を持っている人間が適当に帳尻合わせ、というのがよくあるパターン。その時余分に払った人も、お金のないときには誰かに奢ってもらっているわけであるから、あまりこだわらないということなのか……。

周りの同類たちを見回してみると、いい意味でも悪い意味でも、金銭に渋い人はあまり見当たらない(会計の段階では酔っ払っていてどうでもよくなっている、という説もあるんだけれど)。
まあ、ちょいっと話は逸れたが、貧乏なくせに気前のいい人間が、どうも…多い。私もそんなこだわらない仲間に助けられて、せち辛い東京砂漠を今日も生き延びているひとりなのである。

しかし、この友人宅というのが、私には贅沢過ぎるほど快適な広さではあるのだが、どうにもこうにもシンプル過ぎていけない。“掃除最優先”のあるじは、掃除の邪魔になりそうなものは一切排除してしまう。言い換えると、掃除がしやすければ置く物にはまったく、一切、こだわらない……人間の趣味・趣向?というのは人それぞれだ……と彼女を見ているとつくづく思うのである。でも、まあそれはそれで潔いとも言えるのだ、が……。

うー、「さあ、やるぞっ」という気になるのには何か変化が欲しいなぁ。――というわけで<部屋の改造をしようっ!>と思いついたわけでございます。

いざ始めてみると…いつまでたっても終わらない…

まず「蛍光灯が気にくわん」と取り外す。照明が空間の中で占める位置はかなり重要っ! 間接照明に換えよ……とはいってもそこはそれ、けっこうお値段は高い。で、作ってしまえっ!というわけで、「ヘンなところだけ」凝り性な私は、コードやら電球やらソケットやら……クリーニング屋さんのハンガーなどを集めだし、天井の配線までいじりだす始末。

そうやって作ったランプの数は、気がついたら10数個……。「ヘンなところだけ」徹底しないと気がすまない私が作っているものは(現在も進行中…)照明だけに止まらず。あらゆるものに手を出し始めてしまった。キリがない。
……何を考えとるんだっ! 自分のやるべきことをしっかりやらんかいっ!
という我が師匠?の声が聞こえてくる気がするよ。自分でも(何をやってるんだ…)と、ふと我に返ったりする。

どうも、ひとつのことしかできないらしい私は、夢中になれるものを見つけると、それこそ食事をとるのも忘れて24時間かかりきりになってしまう。歯を磨いているのを忘れてて、歯ブラシをくわえたまま1時間……などというのもしょっちゅうなのである……1度として席を立つことなく、10何時間も同じ姿勢で夢中になっている姿を見て、あきれ顔の友人たちが、
「ねぇ、楽しいか?」
と聞いてくる。楽しいのである、困ったことに……。

ただ今冬眠中?

なんで、困るのか……別に誰が困るわけではない。私自身の理性と良心?がズキズキしているだけのことである。私の本業は役者である。役者であり、なおかつ創造者としてありたいものだ……という想いはある。その<私自身のなかの情熱というものが果たしてどの程度のものなのか、それは本物なのか、ほんとにそんなものがあるのか>自分のなかに見つけようとすることをサボっているとき、よくこういう現象?が起こる。

“芝居を創る”ということは、最初からはっきりとしたわかりやすい形が提示されていてそれを目指して創っていく、ということはほとんどない。少なくとも私はそう思っている。ぼんやりとしていたり、あやふやだったり、掴めそうで掴めないイメージだったり、カンとしか言いようのないものだったり……そんな“あこがれ”や“情熱”を具体化していくということだ。それは一番しんどい部分でもあり、もっとも創造的でもある部分。

理性と良心?がズキズキしているのは、それを思いっきりサボっている自覚があるからだ……わかりやすい、集中しやすい、それでも多少は「何かをつくってる」と言い訳できそうな対象を見つけて、それに没頭する。それが“逃げ”なのか“休養・気分転換”なのか、くらいは自分自身で気づいていたりする。

私の性格を非常によくよく解っていらっしゃる演出家の我が友に、
「お前はすぐ冬眠するっ!」
とよく怒鳴られる。退屈することが一番の罪悪と考えている彼は、
「お前は人生すぐサボるっ!」
そんな私が歯がゆいのか、腹立つのか、許せないのか。

わかっているよ……頭ではわかっているんだけれどね……もう春だね。そろそろ穴から這い出してこなくちゃいけませんな。


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ランプシェード:私たちは「日ごろ」と呼んでいる素材。コーヒー豆とか大豆の袋とかに使われている布地。適当に形を作って内側からアクリル絵の具で適当に模様を書きます。太筆で大胆に書くのがコツでごわす。隙間から漏れる灯りがけっこうよいのです
 
和紙シリーズ。これは3種類の和紙と竹ひごを使用。和紙の点灯時と消灯時の模様の違いが楽しめまする
 
背の高い籠が安かったので購入。中に和紙を入れて上から赤いアクリル版を細工してテーブル代わり。右は学生時代に買ったアルコール仕様のランタンを電球仕様に改造