コラム
役者という生き方〜貧乏ものともせず

第3回

癒しのスモールワールド
 
根本陽子/女優
「奇蹟の人」「十二夜」「オセロー」ほか多数出演。「桜の森の満開の下」では踊り手として、イギリス・ブリヤート共和国・韓国・アメリカ公演に参加。「沖縄」では、イタリア・ベトナム。「かもめ」ではニーナ役で日本人として初めてモスクワ芸術座の舞台にたつ。
2001年、文化庁芸術家在外派遣研修生として1年間のルーマニア滞在を終え帰国。貧乏をものともせず、「集団に依存しない真のクリエイターの姿」を模索しながら活動中。
URL:http://fame.calen.ne.jp/~yoko/
E-mail:yokonemoto66@hotmail.com
 
植物を枯らす才能

突然な話だけれど、私は植物をあっという間に枯らしてしまう才能の持ち主である……「ちょっとやそっとのことでは枯れません」とまで言われて購入した鉢植えもあっという間に枯れてしまった。水をあげたり、取り替えたりということが面倒くさくて仕方ない。

そんな私なのに、今年に入ったとある日の午後……「植物を育ててみよ」との思いが頭をもたげ、2種類の小さなサボテンを買った。花屋さんの一番上の棚で忘れ去られていたようで、カラカラに干からびた土は、鉢が横に倒れた途端バラバラとこぼれ出してしまった。現われたショボッとしたサボテンの根っこを見て、店員さんが「100円でいいです」と笑っておった。いくら植物を枯らす天才とはいえ、サボテンなら持ちこたえてくれるであろう……という思いと、100円だしという安易な考えで家に連れて帰る。

だいたい、芝居屋なんて理屈ばっかりこねてる(花のひとつも育てられない人間が何を言うとるのか)。消費するだけ、壊すだけ、捨てるだけ、で花のひとつも育てられない…そんなんじゃいかんなぁ…という気がしたのである。
言い訳?をしておくけれど、私は環境問題に熱心なほうではないし、それらに対しては、ごく普通の関心の度合いと、ごく普通の良心をもっている程度の人間である。

巷はガーデニングブームであるらしい。流行に乗せられているのか、と思うと腹立たしい気もするのであるが……。最近は近所の園芸用品屋さんに足しげく通うようになってしまった私。大量に並べられたグッズやすさまじい種類の植物たち。自分であれこれするのがめんどくさい方用に、すでにお店側で何種類かの植物をデザインして寄せ鉢にしたものも置いてある。テーブルガーデニングというものらしいが、いろんな種類のガラスの器に入れられた、いろんな種類の植物たちの洋風箱庭。そのミニチュアの世界はなんともかわいらしく、都会的でお洒落である。日本人は小さなものを好む習性があるらしいが、それをまさに地でいく感じがしたのである。

興味なんてまったくなし。何が面白いのだ、と思っていたのだけれど、「やや…奥が深いものなのね…面白いぞぉ」と感じてしまった。

ハマリ始めてしまった…箱庭作り

さてさてそれからである。気がついたらいまや10種類のサボテンと9種類の多肉植物、8種類のエアープラントが、私の部屋でちょこんと鎮座ましましておる。
いちおう説明しておくと、このエアープラントというのは、葉で空気中の水分を取り込むので土に植える必要がなく、申し訳程度にある根は単に寄生するためのものなので、根っこにボンドを塗ってどこかに貼り付けようといっこうに差し支えない、という摩訶不思議な植物。人間の思惑で流木や岩石にくっつけられて売られている彼らを、最近はよく街中で見かける。

なぜゆえにこれらの種類を選んだかというと、長期間家を空けることがある私の生活スタイルに適応してくれそうだから、である。水を絶やしてはいけない種類のものたちの葉はみずみずしい緑で、それを眺めていたい衝動に駆られるのだけれど、「今の私の生活では彼らを育てるわけにはいかないなァ…」と思い直し、買うのは我慢する。
このキーワードに「あれ?」と思いつくことがある。犬や猫、いわゆるペットを育てる時の感覚と同じだ。

都会の孤独な生活のなかで動植物に癒しを求める現代人、なんていう文化論もよく耳にするけれど、自分が植物に興味を持ち始めたことにも、これまで足を運ばなかったから気がつかなかっただけなのか、園芸コーナーに若い男の子たちの姿をよく見かけることにも、「なんでだろ??」と不思議で仕方なかった。

なぜハマってしまったのであろう…

サボテンを買ってきたその夜から、とにかく世話をしたくて仕方のない私がいる。でも、サボテンというものは、夏と冬は休眠するものらしい。だから、その時期にお水をあげると根が腐ってしまう。世話をしたくてもぐっと我慢の子でなくてはいけないのだ。それがなんとも苦痛で仕方がない。そのとき、植物に興味のない私に対して、かつて母が言った謎の言葉から解答がひらめいた。
「部屋にお花があると、ほっとするから大好き。でも、お母さんが世話をするとなぜかみんな枯れちゃうのよねぇ」

なぜ枯れちゃうのか……さっそく実家に電話してみる。
「母様っ! 鉢植えにお水あげてる?」
「うん、かわいいから毎朝たくさん、ジャバジャバあげてる」
……やっぱり、である。根が腐ってしまうのに違いない。どこかに愛情を注ぎたいという欲求が、植物たちへの大量のお水という現象になって現われているのだ、きっと。つまりは私も何かに愛情を注ぎたい欲求で飢えているということなのか…??…そうなのかもしれない。
癒されたいのだろうか?……そうかもしれない。
精神的に疲れているのかもしれない自分が箱庭づくりに夢中になっているのか。……自分も世間の流行にもれず、癒し系を求めている人間のひとりなのかもしれないなぁ。

ということはおいといて、マジマジと植物たちを見ていると、なんとも不可思議な世界がそこにあることに驚いちゃったりしている。目に見える勢いで成長していく彼らのエネルギーのすさまじさに、久しぶりに心揺さぶられちゃったりするのだ。猫の舌の薄さを連想させるサボテンの花がある日パカッと咲いたり、メキメキ芽が伸びていくスピードに感動したり。何でそんな形をしているのか不思議で仕方のない奇妙な葉?のラインに、いろんなイメージが湧いたりして、けっこう楽しんじゃっている。

どこからか動き出せ、という指令?が

さて、そんなこんなで、私が部屋のインテリア、照明、箱庭作り等々の小間物類をせっせと作っているところへ演出家のわが友はやってきた。長年の付き合いであるから、彼が私のそんな様子をいい兆候と思っているわけがないのは重々承知。で、
「ねぇ、馬鹿にしてるでしょ」
うなずきながら、
「自分の城を作って閉じこもって満足してるようじゃだめなの」
「そういう部分もあったっていいじゃない、必要なんだもん」
という私に、
「そういう部分<も>だよ。それだけじゃ、困る」
と、ダイナミックなものにロマンを感じる彼はのたまわる。
というわけで、ここしばらく、自分のスモールワールドに引きこもりがちだった私を引っ張り出しにやってきたようである。

10月にウクライナの演劇祭参加が決まった。公的基金の援助がおりたのだが、こちらの申請額の25パーセント。さてどうするか……我々自身で切り拓いていかねばならない問題が具体的に現われてきた。資金を作り出さなくちゃいけない、それも自分が退屈しない方法で。というわけで、この2カ月、精神的逃避生活を続けてきた私に、どこからか動き出せ、という指令?がやってきたということか、な。


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エアープラントたち:今まで旅先で買い集めてた小物類に適当に置いてみる。水は週に1、2回。霧吹きでしゅっ。花を咲かせたりもするのだ
 
エアープラントたち:上はメデューサという種類。水に濡れるとある部分が鮮やかな紫色に変化する。なるほどね、というネーミング。南米の植物がこんなところに連れてこられて…いつか人間はこの植物たちに反乱を起こされたりして…などと、この形を見ているとSFチックなことを連想したりもするのよね…
 
サボテンたち:間近で見てると、とにかく面白い。私は何が面白いのだ、と自問したりするんだけど…ハマってます