コラム
役者という生き方〜貧乏ものともせず

第6回

モルドバ共和国・最新演劇事情
 
根本陽子/女優
「奇蹟の人」「十二夜」「オセロー」ほか多数出演。「桜の森の満開の下」では踊り手として、イギリス・ブリヤート共和国・韓国・アメリカ公演に参加。「沖縄」では、イタリア・ベトナム。「かもめ」ではニーナ役で日本人として初めてモスクワ芸術座の舞台にたつ。
2001年、文化庁芸術家在外派遣研修生として1年間のルーマニア滞在を終え帰国。貧乏をものともせず、「集団に依存しない真のクリエイターの姿」を模索しながら活動中。
URL:http://fame.calen.ne.jp/~yoko/
E-mail:yokonemoto66@hotmail.com
 
弾圧を受けている<ユジェーヌ・イオネスコ劇場>

ルーマニアの北東部に位置する小さな国<モルドバ共和国>。この連載にも再三登場している、その首都キシニョフに拠点を置く<ユジェーヌ・イオネスコ劇場>の最新情報が入った。

昨年の春、この国は、親ロシア派の大統領へと替わったのだのだけれど、それは、暖房費で給料のほとんどをもっていかれてしまう、というこの国の貧しさが選ばせたものだった。ロシア派のほうにエネルギー確保の可能性をみたのだろう。そして、私が<人間性、どう生きようとするのか…非常に共感できる>と感じている集団<ユジェーヌ・イオネスコ劇場>が、ロシア派の大統領に替わったために、政治的に弾圧を受けている。

私たちがキシニョフ国際演劇祭に参加した昨年春、ペトル・ブトカレウ主宰の<ユジェーヌ・イオネスコ劇場>は、それまでの大理石の立派な劇場から、《仮の宿》としていくつかの施設が入っている、いかにも<閑散とした味気ない社会主義時代の建造物>へと追いやられていた。が、建物の名前は<ジンタ・ラティーナ(ラテンの世界)>。ラテンの血が流れていることを誇りに思っている彼らはめげもせず、明るさも失わず、国際演劇祭開催のために奔走していた。私自身、その逞しさに心を動かされた。

しかし、そのときすでに国内公演を行なうにもさまざまな圧力、嫌がらせを受けており、昨年秋、2度目の公演のため来日した際、ペトルは「今国内では、<イオネスコ劇場は消滅したものと思え!>と言われている。でも、私たちは確かに存在している。日本で公演することができた。いま、私たちはやっと呼吸することが出来る…」そう静かに語っていた。

ますます強くなるモルドバの報道規制

ルーマニア語の達人である私の師匠?!から、彼らがその《仮の宿=ジンタ・ラティーナ》からも追い出された、という情報が入った。今年に入って政治的な弾圧はさらに強まっているようで、報道・出版物の検閲はさらに厳しさを増し、またもやロシア語が公用語となろうとしている。

3月以来、ハンガーストライキを含むストライキ、デモが連日行なわれてきており、最高時には数万人が大統領府や政府の建物の前に集まっている。
集まっているのはマスコミ関係者、芸術家、知識人、学生等、それらの政策に反対している人間たち。そして、「徹底的に闘う」と言い放ったペトルをはじめとするイオネスコ劇場の面々。

《仮の宿=ジンタ・ラティーナ》からも追い出されたのは、急先鋒のペトルたちを見せしめとして弾圧しているということなのか…?? プレスなどには、検閲をはじめ直接的な政治的攻撃をしているようだけれども、演劇についてはまず、活動基盤を奪うなどの財政的締め付けからはじめているということのようだ。

もともとはルーマニア領であったモルドバ共和国。社会主義時代はソ連邦の統治下にあった。そして今は共和国として独立。でも、ペトル・ブトカレウやほかの俳優たちは「俺たちはルーマニア人だ」と言う。彼らの仕事は、放っておいたらどんどん政治的に抹殺されてしまう《ルーマニア人である》というアイデンティティーを掘り起こそうとすることでもある、と私は思っている。

国際事情にかなり疎い不真面目な私が書くことだから、多分に言い足りないところがあるし間違いもあるとは思うけれど、つまりは、今のモルドバの政治状況において、イオネスコの連中は目の上のタンコブなのだ。

イオネスコ劇場が弾圧される理由

何故彼らは弾圧されるのか……具体的な理由はたくさんあるだろうけれど、現政府がロシア寄りであることを強調するために“ルーマニア”という匂いを覆い隠そうとするそばから、“演劇”という行為でそれらを掘り起こそうとする彼らの存在は、邪魔以外の何モノでもない、といったところなのだろう。

それは、利害では動かない創造行為が持つエネルギーは、いとも簡単にやすやすと<政治というものが持つ限界>を超えてしまうことへの嫉妬でもあるのだ、きっと。
事実、彼らの作品行為や生き方が“モルドバ共和国”の外交では成し得ない日本を含めた他国との国際交流を可能にしてしまっている。そして、「微力ながらも応援したい」と、彼らの行為に共感する他国の演劇人たちからの“外貨”が《彼らには》流れる。

もちろん最近“貧乏”が通り名のようになってしまった私も私の仲間も、演劇祭でモルドバを訪れた際、ポケットからドルを引っ張り出した。
ポケットの中で折りたたまれていたおかげで札束???のように厚みができた(笑)ドルは、巨額とは決して言えないけれど、彼らに対してだけじゃない、自分たちに対しても「やろうぜっ」という想いの詰まったものだった。

モルドバ共和国の現政府にとって、<イオネスコ劇場>が他国から有形無形の支援を受けていることは、今回ジンタ・ラティーナを追い出すにあたっての格好の理由づけになったようだ。ただでさえ書類関係の複雑な旧社会主義国家。文化省は、13人からなる特別委員会を設置し、劇団の調査に乗り出した。あらゆることの査察を受けたらしい。少しでも矛盾があれば徹底的に突っ込んでくるのが想像できる。師匠宛てにペトル自身から送られてきた、近況と資金援助のヘルプメールを読ませてもらった。
お師匠いわく、
「こんなこと言ってくる奴じゃないから、相当の窮地に立っていると思われるよ」。

社会的な出来事を考えるきっかけ

まがりなりにも国立劇団である<イオネスコ劇場>を、政府は専用劇場から追い出し、街外れの、荒れ果てた、かつては映画館であった機材も何もない建物を割り当てた。そしてそこを改修するための資金が彼らに流れることを妨害しつつ、「国内公演をうつ、という事実を作り上げないかぎり、この場所も奪うぞ」っと脅しをかけている状況なのだと思う。
「マッタク…少しはおとなしくしてりゃぁいいのにね(笑)」とも思う。そしてあの、子供のような無邪気な表情をする彼らの顔が目に浮かんだ。

今、日本では<マスメディア規制法>について論議されている。そのことは「いけないことだと思う」という程度の認識に留まっており、“自分にとってのリアリティー”が持てる論議とは、決して言えないものだった。だけれどそれらのことが、日本からは遠く、日本とは馴染みが薄いモルドバ共和国の演劇事情の知らせを聞いて、ぼんやりとした影が実体を持ちつつあるような、そんな感じを受けている。

社会的な何か、を考えるきっかけは、知識を詰め込もうとすることから生まれるのじゃなく、<もっと具体的な“自分にとってのリアリティー”>が、<知りたい>という想いへと変えてくれる、ということなのじゃないだろうか。「どれだけいろんなことに出遭うか」ということなのだ。閉じこもっていては何にも出遭えない……。

私の仲間たちとともに、ペトルたちを窮状から少しでも助けたいと考えているけれど、果たしてどんなことができるのだろう。いまの私は、こうして「書くこと」から始めるしか、すべをもっていない……。


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昨年春、キシニョフのレストランにてユジェーヌ・イオネスコ劇場の主宰者ペトルと記念撮影
 
左から、ペトルと前ディレクターだったバレンティン(彼は現在文化省の次官)。テーブルでの会話「古くからの友人だけど、これから文化大臣、文化省に宣戦布告をする」と食事の席で宣言していた。バレンティンは、「僕もイオネスコのためになるように働きたいけど、担当させられているのは映画分野だからな…」と、言い訳していた…そうな