コラム
役者という生き方〜貧乏ものともせず

第14回

“いのち”を感じさせてくれるもの…(6)
 
根本陽子/女優
「奇蹟の人」「十二夜」「オセロー」ほか多数出演。「桜の森の満開の下」では踊り手として、イギリス・ブリヤート共和国・韓国・アメリカ公演に参加。「沖縄」では、イタリア・ベトナム。「かもめ」ではニーナ役で日本人として初めてモスクワ芸術座の舞台にたつ。
2001年、文化庁芸術家在外派遣研修生として1年間のルーマニア滞在を終え帰国。貧乏をものともせず、「集団に依存しない真のクリエイターの姿」を模索しながら活動中。
URL:http://fame.calen.ne.jp/~yoko/
E-mail:yokonemoto66@hotmail.com
 
〜前回までのあらすじ〜
彼女と知り合ったのはルーマニアのブカレスト。JICA(国際協力事業団)のメンバーとして救急病院で働いていた。初めて会った日に、生き方に共感できる仲間だ……そういう直感があった。その彼女から、5月初旬「HIVに感染してん…」という1本の電話を受けた。院内感染……。
大阪の保健所で受けた再検査の結果は<(−)マイナス>だったけど、東京のJICA本部で「最初の検査方法のほうが保健所での再検査よりも、高度で信頼がおけるもの」と告げられて、感染症専門の研究施設で再々検査を受けることになった……。
 
国立国際医療センター

夜中、再々検査を受ける国立国際医療センターの場所を一緒にインターネットで調べてた。検索サイトに現われた説明で、まず「エイズ」の文字が目に飛び込んできて、ふっと硬くなる彼女の気配を後ろに感じる。何でもないことのようなフリをする私と、「やっぱりエイズの研究施設なんやな」……どんな些細なことでも自分を納得させるための材料にしようとでもするかのように、かみ締めながら文字を見つめる彼女。

すんなり検査に出かけられたわけではないけど、それでもこの5カ月間、ただあれこれ思い悩んだだけじゃないものが彼女のなかにはすでに育ってた。
「行って来る」そういって玄関を出る彼女を見送ってから私もバイトに出かける。

研究施設で彼女が見たこと

検査から帰ってきた彼女がポツリポツリと話を始めた。
受付で、病棟の名前を告げたときの事務員たちの態度の変化……その病棟は奥まったところにあって、いかにも“特殊”と感じさせられるような場所にあること。そして中に入っていったら老若男女の患者さんがかなりの人数いたこと。“ここ”の中なら(力を抜いてもいいんだ)という気がふとしたこと。笑って話をしている患者さんたちを見たこと……等々。

そして担当医から聞いた、HIV感染者・エイズ患者のこの社会で生きるという現実は、自分が知っていた以上に凄まじいものだったということ。このことに関して彼女はあまり多くを語らなかった。多分、自分の口から言葉として出すにはもう少し時間が必要だったんじゃないかな……。

検査を受けて結果が出るまでに1週間ほどかかる。その間、頭でわかっていることと、ふとした空白の一瞬に、理性を飛び越えて表層に浮かび上がってくる感情の波とのあいだで彼女は揺らいでた。

医療に従事すること

HIV……普通の生活レベルでの感染ルートは性交渉が一般的とされていることからの偏見・差別は自分だけではなくて、知人友人にまで及んでしまう。現実は、差別というよりは迫害といえるものだ。そして、それらの傾向は一番理解しているはずの医療従事者に多いんだよ、と彼女は言った。

「私な、看護婦の仕事がやりたいねん。この仕事が好きやねん。感染していても看護婦やれる部署もあんねん。でもな、そうはいかん現実がある。だったら感染隠してでも皆をだましてでもな、仕事やろう……そう思ったりするんや……」

発症すれば100%死ぬとされているこの病気は、いつそれが起こるのか誰にもわからない。「いつ……?」そう思いながら何もせずにただ生きるなんてこと、私に出来るだろうか……。自らを隔離して、“ただ生きること”を強要されかねない社会の現実はあるのに、政府の保障はないに等しい。
やりたいことをするには、隠して生きるしかないのか……さまざまな思いのなかであっちに揺れこっちに揺れ……そして結果を受け取りに行く日の朝……。

検査結果

久しぶりの青空で、そして彼女はてきぱきと支度をしていた。「99.9%感染」と言われたら、“そうなんだ”と認めるしかなく、そのうえで、事実の紙を見せられるだけのこと……彼女はそのことを受け入れたのかもしれない。聡明な顔してた。お昼過ぎに電話が入る。

「感染してへんかった」……目黒の雑踏のなかで人目も関係なく、泣けてきた。0.1%に勝ったんか……何だったんだろ……この数カ月……彼女にとって、私たちにとってこの出来事は何だったんだ……。
その日の夜、友人を呼んで3人で飲み明かす。そして朝方、私と彼女の大ゲンカが始まった。

現実から突きつけられた迫力

緊張と弛緩が繰り返されて、アルコールも入りぃの何しぃので始まるケンカなんて、きっかけに大した意味などない。お互いに、感情を爆発させておかなくちゃすまないだけだったのかも知れないし(^-^)彼女のなかには、私が簡単には文章に出来ない思いが山ほどあったはずで……。

私はこの出来事の“渦中”から一歩離れた立場の人間として関わった。そして彼女のなかには(渦中にありながら、最後の最後で一歩外れてしまった)という思いがあった。そしてほんとに渦中にいる人たち――HIV感染者・エイズ患者としてこの社会のなかで生きていかなくちゃいけない人たち、いろんな差別・迫害の、感染していることを家族にすら隠し続けて生活している人の――実例を、そしてそれらを背負いながらの彼らの笑顔を、待合室で彼女は見た。私は、本物のもつ迫力、をそれらのなかに彼女は見たのだろうな……と感じてた。

ショックを受けるという感覚はそうそうあるもんじゃない。「自分なんかよりもっと凄い奴らがいるんだ」そう感じたとき、自分も変わらざるを得ないんだ。
ルーマニアから帰ってきて、(これから自分は何をするのか……)と考えはじめた矢先の出来事だった。そして彼女のなかで「看護士として、HIV・エイズ関連の仕事に進もう」という決意が固まってきたのも、ごく自然の流れだった。そして私は……。続く


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現在金沢でウクライナ演劇祭参加作品「オセローマテリアル2002」の稽古中。ニューバージョンでは太極拳の動きがところどころ入る……というわけで、デズデモーナ役:八木澤れいなの指導でただ今特訓中!!
 
我々東京在住組は、元下宿屋さんに住んでいらっしゃるイージーTAKUさん(シンガーソングライター)のお宅で合宿生活(^^!)。で、下宿屋のレトロな下駄箱に「おーっ!!」……というわけで撮影させてもらいましたの……