コラム
役者という生き方〜貧乏ものともせず

第16回

アンゲルス in ウクライナ
〜Golden Lion 国際演劇祭(1)
 
根本陽子/女優
「奇蹟の人」「十二夜」「オセロー」ほか多数出演。「桜の森の満開の下」では踊り手として、イギリス・ブリヤート共和国・韓国・アメリカ公演に参加。「沖縄」では、イタリア・ベトナム。「かもめ」ではニーナ役で日本人として初めてモスクワ芸術座の舞台にたつ。
2001年、文化庁芸術家在外派遣研修生として1年間のルーマニア滞在を終え帰国。貧乏をものともせず、「集団に依存しない真のクリエイターの姿」を模索しながら活動中。
URL:http://fame.calen.ne.jp/~yoko/
E-mail:yokonemoto66@hotmail.com
 
演劇祭参加のきっかけ

昨年の6月、金沢市に本拠地を置く劇団<ANGELUS(アンゲルス)>がルーマニアのお隣の国モルドバ共和国の首都キシニョフで開催された国際演劇祭に参加した。上演後、ウクライナ共和国から参加していた劇団の演出家からオファーがあった。
「今までこんな芝居を観たことがなかった。どうやったらこんな作品が創れるんだ……うちの演劇祭に来ないか?」
というわけで今年2002年、ウクライナ第2の都市・リボブで開催される<Golden Lion 国際演劇祭>に参加することになったのだけれど……。

困難山積み…まずは資金

やるとはいっても、問題は次から次へと現われる。演劇祭参加期間中の宿泊と食事は保証されるとはいえ、渡航費やらその他の費用はこちらが捻出しなければならない。諸外国ほど芸術・文化に対する眼力や興味があるとは思えない、という実感はあるものの、日本にも文化・芸術関連の仕事を援助する制度はある。ウクライナで日本の現代演劇が上演されるのは初めてということもあり、助成金が下りる可能性を当初は楽観視してたのだけど、結果的には渡航費の25%。日本を出発する前の準備金にもなりゃぁしない額であった。

私たちの側にプール金があればまだいいんだろうけど、この集団の形態は、カッコ良く言えば、<作品を創ろうというときに(この仕事は自分の創造性を刺激する)と思ったクリエーターたちが自分の意思で参加を決め、手弁当で金沢へ集まり、ある期間共同で作品行為を行なう>というもの。集団としては半年ごとに解散してしまう。
「……天使は、毎瞬新しく無数の群れをなして創出され、神の前で賛歌を歌い終えると存在をやめて無の中へ溶け込んでいく……」というベンヤミンの言葉からつけたアンゲルス(“天使”の意)に“組織”を存続させるという意識は、良いも悪いも含めて、ない……。潔いといえば潔い。けど、資金面ではいっつもアップアップなのだ。

とにもかくにも、助成金が多少なりとも下りてしまった、ということは、公演を取り止めるわけにはいかない。それに、今の私たちには、異文化のなかで自分たちの仕事が晒されることは必要だし、面白いと思えることなのだ。
そんなわけで、参加を決めた人間たちが飛行機代+アルファを自腹で、ということになった……金沢での稽古期間中の滞在費もあるし……フ〜(--!)

ルーマニアから帰国後、呆けきってて、おまけに助成金申請にメチャ楽観気分でいた私も、アルバイトに重い腰を上げざるを得なかったのである。それが5月初旬のこと……

参加する人間たち自身の問題も山積み

“組織”の拘束力を意識的に放棄しようとすればするほど、参加する本人たちの自立と創造意欲が試される……そうはいっても、生活するためには稼がなくちゃいけないのは事実。そして、日常生活の力はとっても強くて、気づかないうちに流され、創造性とはかけ離れたところで疲れていく。疲れていることさえ自分では気づかず、何が自分にとって一番大事なことなのかさえ分からなくなる……。
旅費も自分で出す、アルバイトは辞めなくちゃいけない、帰ってきてからの生活の建て直し……なんていう具体的なシンドさに直面すると、そういった人間たちが抱えている問題が、あちらこちらからいろんな形で、一気に噴き出してくる。

そんななかで私も、稽古開始の1カ月ほど前に、「今回の海外公演は不参加」という旨を演出家に伝えた。ちょこっといろいろありすぎて、私自身のキャパシティをどうやら超えてしまっていたようで……。

この10数年間の、半ば無意識に選び取ってきたことや意識化しようとしてきたこと、日常生活を含めた自分の中の理想だけじゃ追いついていけないさまざまな感情……が、まぜこぜとなって発酵して溜まったガス……それがプツっと空いてしまった穴から噴き出してたみたいだった。
……やりたくない。
舞台で声を出すことも、動くことも、すべてのことに対する憎悪や嫌悪。そんな感情と同時に「やりたくないならやらなければいい」というような質の問題ではないことは、自分でも十分承知してた。

そして演出家からメールが届く。
「今度の作品<オセローマテリアル2002>の中味は、君がこのところ遭遇し、考えてきたことのすべてです。君と、僕が、探っていたことが、リアルに 形となって立ち現われてくる。そんな瞬間なんです。今は無理をしてください」
そんなこと、腹が立つほどわかってた。ただ、自分のなかにあるどす黒い思いを、まだ整理してしまいたくない、という感情に身を委ねていたかった。でも、気持ちの整理をしたら芝居がやれるようになるわけじゃない。自分のなかに嫌悪があり、憎悪もある。それを全部抱えたまま“いま”を生きるしかないのだと、ずっと書き続け、言い続けてきた。そしてそのこと自体が芝居の中身でもあった。最終的に参加すると返事をしたのは、アンゲルスの中心メンバーとしての義務感じゃなくて、
……私は見極めようとしなくちゃいけないんだろう
……何を?
……言葉にはまだできない
そんな思いからだった。そして私は、自分のなかの吐き気に襲われながらの稽古に入っていくことになる……。

金沢に入ると、ウクライナとのやり取りに関する情報の断片が私の耳に入ってくる。演劇祭主催側からは、これまでのやり取りから考えると「なぜ??」という二転三転するメールが届いてた。そしてネットでは、キエフで暴動が起こってたり、アメリカの経済制裁が始まるというニュースが流れる……ウクライナ国内で起こっている“混乱”が、演劇祭の主催側にも起こっているような感じがした。

そんなこんなで、簡単に解決なんてできない問題山積みのなかでの“私たちのいま”を抱えて、<オセローマテリアル2002>を形にしていく作業が始まった……続く。


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ウクライナの日本大使館でお仕事していたNさん。早々見つからないと思っておりましたが、いらっしゃるんですねぇ……というわけで、ウクライナのお話をみんなで伺っておるところです
 
「4人に1人がマフィア! みんな兵役を経験してるから腕には自信あり。襲われたら逆らわないこと! ポケットに5ドル入れといて。5ドルで命が助かりますっ」……笑いながらさんざん脅された
 
リボフの劇場に貼ってあったポスター:キリル文字は読めましぇん……知らされてたスケジュールは10月7、8日。現地に行ってみたら8、9日……というわけで、アンゲルス本隊は上演後の翌日に帰国、ということになってしまった