コラム
役者という生き方〜貧乏ものともせず
 

第19回

アンゲルス in ウクライナ
〜Golden Lion 国際演劇祭(4)
 
根本陽子/女優
「奇蹟の人」「十二夜」「オセロー」ほか多数出演。「桜の森の満開の下」では踊り手として、イギリス・ブリヤート共和国・韓国・アメリカ公演に参加。「沖縄」では、イタリア・ベトナム。「かもめ」ではニーナ役で日本人として初めてモスクワ芸術座の舞台にたつ。
2001年、文化庁芸術家在外派遣研修生として1年間のルーマニア滞在を終え帰国。貧乏をものともせず、「集団に依存しない真のクリエイターの姿」を模索しながら活動中。
URL:http://fame.calen.ne.jp/~yoko/
E-mail:yokonemoto@hotmail.com
 
金沢に拠点をおく劇団<ANGELUS(アンゲルス)>が、ウクライナ共和国、西の古都リボブで開催される<Golden Lion 国際演劇祭>に日本の現代演劇として初めて公式招待を受けた。10月3日、成田を出発。金沢から出発したメンバーは40時間かかってリボブに到着。

寒さに拍車をかけるお湯事情

「寒いですよ〜」と聞いてはいたけど、わたくし侮っておりました……寒すぎっ! おそらく摂氏0度のときもあったと思うぞ。おまけに小雨が始終ぱらついてるし。
舞台関係の荷物があるから個人の荷物は重量制限。9キロに収めたエライ私が持ってきてるのは、衣装や旅の必需品だけ。いずれも薄手の、セーター、登山用のアンダーウェア、ウィンドブレーカー、レインコート。全部着込んでもまだ寒い。体調にはそうとう気を遣ってたつもりだけど、誰かから始まった風邪はあっという間に蔓延し、気がついたら私も本番前には気管支炎一歩手前……。さて、その寒さに拍車をかけるのが、お湯事情。

昨年公演したモルドバ共和国では、首都キシニョフのかなり格上のホテルであったにも関わらず、部屋は修理中のままほったらかし状態。おまけに街全体がお湯の供給を止められていた。5月とはいえ夜中に水シャワーを浴びる気力はなく、わたしゃとうとう5日間お風呂にも入らず髪も洗わず過ごしたのであるが……。

「さてさて、今回はいかがなもんかぁ???」
と部屋に着いて真っ先にバスタブの蛇口をひねってみる。
「おっ?? ちょっとぬるいけど出るではないかぁ!! すばらしいっ!!」
と束の間の幸せを味わった。が、幸せは長くは続かないのが世の常なのだ……。

リボブ到着の夜、暖房が入らない劇場の客席で冷えきって、外を歩けば日本から来たばかりの寒さに慣れてない皮膚が感じる体感温度にやられ……出発して50時間以上経過してるわけで……。体を温めてからベットに潜り込みたい一心で、部屋に戻るなりバスタブに飛び込んだ……のはいいけれど、
……あらっ?……かすかに……お湯?
……出しっぱなしにしてたらそのうち出るのかな?
……みんな一斉に使ってるから??
などなど考えてるうちに水に変わる。生温い水を浴びてしまったおかげで凍え度倍増!で、もう泣きそう。

理由はやはりお湯と水の供給に制限があったからで、出るのは朝も夜も7時から11時まで。芝居本番前の時間帯に水も出ないというのには困ったけど……まぁ何とかなってしまうものですな(^^)、みんなもだんだん工夫するようになってくる。

ウクライナ料理を食べながら

その寒さのなかでほっと息がつけるのがお食事タイム。朝食は本部となっている劇場のBARで。昼、夕食は劇場近くのレストラン。「ウクライナ料理はおいしくない」の噂を吹き飛ばしてくれる料理が並ぶ。ものの見事に毎食メニューが違ってた。
お昼がディナーで夕食は軽めというのがこちらの生活スタイルなんだけど、それでも私の胃袋にはかなりの量。日本では1日1食!がいきなりウクライナペース。
……内臓もたんなという自意識もなんのその。あまりのおいしさにきちんといただいてしまう。

「おいしいっ!」をウクライナ語で連発している、ここでは馴染みのない国からやってきた私たちに、ちょっと嬉しそうに一生懸命給仕してくれるウェイターたち。彼らと狭い通路で民族ダンスを一緒に踊ってみたり……。

つきっきりで私たちの面倒を見てくれていた、ボランティアでプロジェクトに参加したリボブ大学の学生、アーニャとソフィア。日本に留学していたことのある日本語ぺらぺらのマリア。みんなでゆっくり話をすることが出来るのもこの時間。芝居のなかでそれぞれの俳優たちはいくつかの台詞をウクライナ語で喋る。「ねぇねぇ、これはウクライナ語で何ていうの?」そして英語と日本語とウクライナ語が飛び交う。

薄らいでいった不安感

日本を出発する前に、この国に関する知識を多少は仕入れてた。「独立の気概が強いこの国では、ロシア語を話すのはあまりよろしくない」とか「ウクライナ料理はひまわりオイルが主で、どうもいただけない」とか「4人に1人がマフィアだし、兵役上がりがゴロゴロしてます。襲われたら刺される前に5ドル渡しましょう!」とか、ね。(^^!)。おまけに出発直前のやり取りで混乱があったから「行ったはいいけど上演出来ませんでした状態だったら笑うしかないのぉ」って感じで、状況が見えない不安な気持ちでやってきた。

やはり、到着してみたら上演日が1日ずれ込んでた、とかそのほかモロモロの小さなトラブルは日々あるけど、私たちの初日が開くまでの4日間、1度だけの立ち稽古のほかは、街中をぶらついてホットドックやピロシキをパクついたり、市場をのぞいたり、ほかの国の芝居を観たり……そして、みんなとの食事の時間を楽しんで……そうやって、ここでしか触れられないものに触れていくなかで、みんなのなかにあった当初の硬さは薄らいでいってるように見えた。
そして、私たちに接してくれているウクライナ人の彼ら彼女たちが、私たちの仕事をどう受け止めるか、知りたい、というふうに変わっていく。それは多分私だけの想いじゃないだろうな……そう……見えた。

演劇祭を支えようとするいろんな力

7カ国(ドイツ、オーストリア、ロシア、ポーランド、イスラエル、日本、ウクライナ)参加の今年の演劇祭。主催側が宿泊と食事を保証する。そして招待劇団に世話係を数人つける……簡単なことのようだけど、それらにかかる労力は膨大なものがある。そりゃぁ資金が豊富にあれば、何だってお金でカタはつく。でもここは平均月収1万円足らずの国なのだ。

この演劇祭を主催している劇団の芝居を観終わって、そのまますぐ、ロシアからの芝居を観るために別の劇場へと急いだ3日目、次の劇場の入り口でチケットのもぎりをやっていたのは、さっきまで汗だくで舞台に立っていた主演俳優だった。
「あなたの“芝居”は素敵でした」
と声をかけたのは、決して私好みの二枚目だったからでも、“芝居”のことだけの意味でもなくて……演劇祭を支えようとしているその情熱と姿勢に対して敬意を覚えた素直な気持ちだった。

だから!! どんなにホテルが凄かろうが、お湯が出なかろうが、スケジュールがくるくる変わろうが、文句いう気はさらさらなくて……まっ、いいや……の心持ち。やってるなぁ……がんばろうぜ……って気に、何だかさせられちゃうから。……続く。


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寒風吹きすさぶなかで、働いている人たち……果物などは試食させてくれるのだ。洋ナシ好きの私は、その前を何度も通ったりして(^-^)
 
私たちは総勢19名。それにマリアたち現地スタッフが加わって、つねに22、23人でワイワイがやがや
 
ワレニキ(ウクライナ版の水餃子):おいしいのだ。サラダにスープにメインディッシュにデザートにコーヒー。そしてビールにウォッカにワインに……そりゃぁ太るワ……