コラム
役者という生き方〜貧乏ものともせず
 

第20回

アンゲルス in ウクライナ
〜Golden Lion 国際演劇祭(5)
 
根本陽子/女優
「奇蹟の人」「十二夜」「オセロー」ほか多数出演。「桜の森の満開の下」では踊り手として、イギリス・ブリヤート共和国・韓国・アメリカ公演に参加。「沖縄」では、イタリア・ベトナム。「かもめ」ではニーナ役で日本人として初めてモスクワ芸術座の舞台にたつ。
2001年、文化庁芸術家在外派遣研修生として1年間のルーマニア滞在を終え帰国。貧乏をものともせず、「集団に依存しない真のクリエイターの姿」を模索しながら活動中。
URL:http://fame.calen.ne.jp/~yoko/
E-mail:yokonemoto@hotmail.com
 
金沢に拠点をおく劇団<ANGELUS(アンゲルス)>が、ウクライナ共和国、西の古都リボブで開催される<Golden Lion 国際演劇祭>に、日本の現代演劇として初めて公式招待を受けた。リボブ入りしてから4日間、他国からの参加劇団の芝居を観たり、街をウロウロしたりして過ごす。
10月7日夜、暖房が入らない劇場で凍えながらの仕込み。そして翌日、本番……。

スタンディングオベーション

劇場の人がちっちゃな電気温風ヒーターを楽屋に用意してくれたけど、焼け石に水(このたとえは合っているのかぁ?)って感じ。化粧前の電気を一緒につけるとブレーカー落ちちゃうし(^^!) ちなみに私は薄い衣装で芝居の中盤まで鉄板の上に座りっぱなし。いくら事前に体を動かしておいても、歩き出すころには指先の感覚はなくなっちゃう。

ギタリストとドラマー(NEUK)が出てきて音出しをはじめる……ひと山あって無音……ピアニカ奏者でビアンカ役の女優が登場し、手に持っているろうそくで舞台上のトーチ6本に灯を入れて回る。ママチ役の私が出て自らの足を鉄鎖でつなぐ……演奏が始まり、高さ1間半ほどの障子紙を張った板状のものを持った女たちが登場する……その紙に映像が映し出される……。
イアーゴー役の俳優が舞台のセンターで大きな黒い旗を振り続ける。その風でトーチの炎が激しく揺らぐ。演奏でセリフなどほとんど聞こえないなか、オセロー役の俳優がアカペラで歌う声が途切れ途切れに聞こえる……無音から一気に騒然とした状態へ。そのなかでデズデモーナ役の俳優の「結婚した」という言葉で何かが一気に転がりだす……そして、幕間休憩なしの1時間半を俳優たちは転がり続ける。

カーテンコールになり、客席はスタンディングオベーション……だった。お義理のものではなく客席が興奮しているのが伝わってくる。楽屋に戻ると通訳のマリアが飛び込んできて「素晴らしかった! ほんとに素晴らしかった!! 私はあなたたちを誇りに思う」そう言って抱きついてきた。そして「今回の演劇祭で最高の舞台だ!」と言ってる声があることも聞こえてきた。

興奮渦巻く空気のなかで

どの程度観客が入るのか予想できなかったからちょっと不安があったのだけれど、8、9日とワンステージずつの上演で、両日ともキャパ400ほどの劇場は満員御礼。終演後のロビーと楽屋には人が溢れ、演劇祭参加国の関係者たちが次々とやってきて、手を握り、ワァーと喋ってゆき……私たちの仕事がある反響を呼ぶだろうという確信は、私のなかに、あった……でも観てもらわないことには何も始まらない。だから、ホッとしながらもその興奮が渦巻いてる空気を、私は1歩退いたところで見てた。

うっっ、決して私はクールでシニカルでスカして何かを言えるタイプでないことだけは言い訳させてもらっておいて……今、自分にとっての切実な関心ごとが……私たちがやろうとしている仕事の意味……“私にとって”何なんだ……ということだったからで……。

欧米型資本主義に背を向けて???る私たち

旧社会主義国家のこの国にも、欧米型資本主義に流れようとする動きがあるように見えるけど……でも、民族のアイデンティティー等、そう簡単に流れさせないだけの混乱・矛盾をたくさん内包してる。そして経済は伸び悩む……。昨年公演を行なったルーマニア、モルドバ共和国、いずれもそうだった。でもそんな状況のなかにあるからこそ生まれている独自のものを見て私は共感した。

私たちの芝居の予算は限りなくゼロに近い。私たちも彼らも、貧乏を好き好んでるわけじゃない。そういう状況を余儀なくされてるだけ……けど、予算の大小が問題なんじゃない。やっぱり、
……混乱・矛盾だらけの私たちの今と、この時代とをどう切り結ぶか
……そのなかでどう生きようとしているのか
……そんな人間たちの中身がどう掘り起こされるか
なんじゃないかな……。
だからといって貧乏くさい舞台になっちゃ困る。私たちの舞台は装置なんてほとんどない。でもドイツ人の演出家は「美しい舞台だ!」と言ってくれてたらしい。

そんな私たちのありさまは、彼らにとって近しい感覚なんじゃないかな……。そして作品を観てもらって生まれる交流が確かな手応えとして感じられるとき、繋がっていけるのだと私には思える。私たちの手伝いをしてくれていたリボブ大学のアーニャとソフィア。2人とも目に涙を浮かべながら興奮してたけれど……彼女たちが「私たちはウクライナのアンゲルスメンバー」と語る誇らしげなようすが、私には嬉しかった。

この国では馴染みのない極東の国、日本。はたまたそのなかの地方で、欧米型資本主義の流れに「???」を感じながら“もうひとつのもの”を創り出そうとしている私たちが投げかけたもの……この国のなかの幾人かの何かになる、かも、知れない……そう思ってみたりもする。

……ただ
……その仕事の意味が“ワタシニトッテナンナノダロ”
という答えにはならない。そう簡単に解答は出せないみたい。きっと一生かかって見つけようとすることなんだろう……けど……さぐり続けることって、やっぱりキツイんだな……。


 
 
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仕込み風景:あまりの寒さに照明で暖をとってるボランティアスタッフのソフィアちゃん
 
事務局となってる劇場にあるBAR:芝居が終わってからみんなここへやってきて、お酒飲んだりしてるのだ
 
将来は通訳の仕事をしたいというアーニャ:誰が撮ったか忘れたが……下手だ。思いっきりブレとる……