コラム 役者という生き方〜貧乏ものともせず
第36回
2003年夏・映像のおしごと
根本陽子/女優
「奇蹟の人」「十二夜」「オセロー」ほか多数出演。「桜の森の満開の下」では踊り手として、イギリス・ブリヤート共和国・韓国・アメリカ公演に参加。「沖縄」では、イタリア・ベトナム。「かもめ」ではニーナ役で日本人として初めてモスクワ芸術座の舞台にたつ。
2001年、文化庁芸術家在外派遣研修生として1年間のルーマニア滞在を終え帰国。貧乏をものともせず、「集団に依存しない真のクリエイターの姿」を模索しながら活動中。
URL:http://www.yocuta.com/
E-mail:yokonemoto@hotmail.com
7月初旬、《アンゲルス》メンバーである映画監督・嬉野氏の映画に出演するため金沢入り。「当分芝居をする気はないっ!」とのたまわっておった私なの、だが……。

映画の撮影

さてさて、現場入りしたのはいいけれど、映像で俳優の仕事をするのが初めての私はどうも、困惑気味。簡単なリハーサルのあと、
「じゃぁ、行きマース」
「はい、カット。おーけーでーす。次いきますっ!」
……えっ、いいの? ほんとにほんとにいいの? こんなでよいの? もう1回くらいやってみない??
モニターで確認する間もなく次へと進んでく。

舞台だと、昔に比べて稽古時間が短くなってきたとはいえ、1カ月近くを稽古に費やして本番。そんな気の長いやり方をずっとやってきた私は、どうにも……心もとない……。

やっぱり舞台とは違いますぅ(T^T)/~

俳優の仕事の質が舞台と映像では違う、というのはなんとなーくわかる。たとえば、ズームアップのようなカメラの動きも、舞台の上では俳優の動きでその仕事を担ったりもする。けど、カメラの前でそれをやっちゃぁ“やりすぎ”だし、またその必要もない。
演出家としての目も同時に求められる舞台上の俳優たち。でもそれらは2時間半という上演時間なら、中身はもちろんだけど、その2時間半の時間と空間のリズムやテンポやそのほかもろもろ、トータルを把握してないことには話が進まんわけで。

今回の仕事も、どんなものを創りたいのかの全容を多少は把握したくて、撮影開始の前日、数時間ばかり嬉野監督と話をした、んだけど……。でもやっぱり、編集でどんなことになるのか現場の私はわかってない。
……当たり前だが(^^!) でも、それがどうにもモドカシイ。
……それにしても、編集が一番面白いのになぁ。どうせならそっちもやりたいと欲張るのはいいこと?(^^!)

カラオケ用映像のアルバイト

なぜか映像関係の仕事が続いてた。お次はカラオケ。いつもはカラオケ用の映像を編集したり、テロップを歌に合わせて色変わりさせたり、といった側のアルバイトをしているのでありますが、今回は出演の側。
「そこ歩いてきて」とか「男優の背後から手を伸ばして」とか。
……うー、わたしゃ単なるパーツじゃな。
……退屈するぞぉぃ。
俳優でいる必要も、ものを創る現場に携わっているって感じもない。そりゃあ、仕事の性質上仕方のないことではある。
……けどなぁ……。

「これなら編集する人しか楽しくなーいっ!」とぶーぶーおたけぶ私に「そんなことはないよ」の慰め?のお言葉。
……だって実際やってみて、アルバイトで映像の編集してるときのほうが、まだ“つくってる”って感じがするんだもん。
しかし……これでもうこの仕事は来ないな……(笑)。

スタンスの違い? 退屈しないのかな……

「自分のコンテ通りの映像が撮れれば、それでいい」
「たとえば俳優たちも、自分の想像を超えてくれることは全然望んでいない。むしろ超えて欲しくない」
なーんて、以前この関係のディレクターたちと飲んでたとき、彼らはそう言っていたっけ。
……そういうのって退屈しないかな。
「別に俳優じゃなくて自然とかの風景でもいいけど、自分の想像を裏切ってくれるような面白いことが起こってそれが映像で撮れたら、そのことで自分が刺激を受けられたら、嬉しくなぁーい?」と、一応訊いてはみたけど……(-−!)。

できるだけ低予算で、クライアントの要求と、商品としてのクオリティをまずまず満たせるだけのコンセプトを出して、1日2日で撮影から編集までをこなし、何本もの作品を仕上げる。そりゃぁもう「お見事っ」って感じ。
でも、自分が撮りたかろうが、撮りたくなかろうが、それが“プロの仕事”という彼らには、“創造的な現場を創る”ために“仕掛け合う”なんて作業は、疲れるしややこしいし……面倒なだけだろうな。

くすぶってるもの...原因は自分です

撮影しながらも、終わったあとも、私の中でくすぶってるものがある。んー私はやっぱり“ものを創る”っていう実感が欲しいんだろうなぁ……。何を見たって、何をやったって、自分に返ってくる問いは、
「俳優って何? ものを創るって何?」
だったりする……その度に、答えを出してみたり、悩んでみたり。

“いま”を生きてる私自身の、一緒に仕事をしている人間たちの、肉体と感覚がその一瞬一瞬に開いていくにはどうすればいいのだ……が“ものを創る”現場で感じられなかったら、やっぱり退屈しちゃう。

カラオケのアルバイトのことは、まぁおいといて(^^!) 少なくとも、嬉野氏との仕事は、もちろん彼とも、ほかのスタッフ、出演者たちとも、突っ込んでやり合える関係だったわけだしな……もっとやれることがあったかもしれないなぁ……なーんて今思っている。

いずれにせよ「芝居は当分しない」なんて言いながら関わってる私の中途半端さにすべての原因があるのだぁっ。
い、いかん……また変な落ち込み方してきた……(-0-!)


[次のページへ]
 
タイトル「二人だけの客」脚本・監督:嬉野智裕と主役の女子高生ミレイを演じる中元未玲
 
殺し屋二人組の片割れ・役名(細身男):月原豊
 
2003年7月のアンゲルスのイベントはイスラエルの歌姫コンサート:写真は浅草のギャラリー・エフでの舞台。昨年10月、アンゲルスが参加したウクライナでの国際演劇祭で知り合い、アンゲルスの主宰者(岡井直道)が中心となって彼女たちを招聘した。彦根・金沢・東京の3カ所で公演。この間の私のお仕事は、というとビデオ撮影