コラム 役者という生き方〜貧乏ものともせず
第37回(最終回)
ワタシハモノヲツクルニンゲンデス
根本陽子/女優
「奇蹟の人」「十二夜」「オセロー」ほか多数出演。「桜の森の満開の下」では踊り手として、イギリス・ブリヤート共和国・韓国・アメリカ公演に参加。「沖縄」では、イタリア・ベトナム。「かもめ」ではニーナ役で日本人として初めてモスクワ芸術座の舞台にたつ。
2001年、文化庁芸術家在外派遣研修生として1年間のルーマニア滞在を終え帰国。貧乏をものともせず、「集団に依存しない真のクリエイターの姿」を模索しながら活動中。
URL:http://www.yocuta.com
E-mail:yokonemoto@hotmail.com
イスラエルの歌姫・招聘公演

2003年7月、アンゲルスの主宰者・岡井直道が中心になって、<イスラエルの歌姫>を日本に招いた。明るく好奇心旺盛な《ハンナ》と彼女の師匠でちょっとナイーブな《ルース》の2人。<Voice><歌><Language><語り>の境界を探る彼女たちのパフォーマンスは、――旧約聖書を、いまではイスラエルでも若い世代では読もうとする人間が少なくなってきたという“古代ヘブライ語”で紐解く――というものだった。

“現代に生きる彼女たち”の、内にあるトラディッショナル(伝統的)なものを、独自の発声法を模索しながら掘り起こそうとする行為に必要なものは、彼女たち自身の肉体のみ。文字通り、身ひとつでやってきた。

共感

舞台装置から何から“お金をかけてナンボ”という世の支配的な演劇の現状に「???」をもっている私たちの興味は――“我々の内側に埋もれているかもしれない”有形無形の財産を掘り起こす作業――と言っていいかもしれない。
必然か、な……昨年秋、ウクライナのリボブで行なわれた国際演劇祭で出逢った彼女たちに、岡井氏は声をかけた。
「日本に来ないか?」

このひと言を言ってしまった彼自身が、実現に伴うすべての厄介ごとを引き受けなくちゃならない羽目になるのだから、事あるごとに心の中で、
……しんどいなぁ
……ナーンデあんなこと言っちゃったかナー
と思っていたであろう、はは(-o-)/。

私たちの側に、彼女たちを招聘できるだけの資金が確約されていたわけではなかったから、紆余曲折、度重なるトラブル?を経て、やっと実現した公演だった、のだと思う。

生活のハリ……が欲しい

滋賀県・彦根市、石川県・金沢市、東京都・浅草の3カ所で行なった公演の前に、岡井氏はこう挨拶した。
「私たちは“生活のハリ”みたいなものが欲しくなるんです」
「創造行為だけやってればいい」というわけにはいかない私たちの現実は、――ひらたーく言うと、貧乏ってことネ――それ以外の、山積みされた煩雑な問題がのしかかってくる。いくら、「わたしには信念や情熱や意欲があるっ」と思ってはいても、“自分の心の中にあるものだけが頼り”では、消耗していくのも当たり前か……。

こういった公演を実現させようとするのは――自分の創造意欲を掻き立ててくれるもの、刺激を与えてくれるもの――が欲しいがためっ、てわけですナ(^^!)。

ハリ…かぁ…私の場合

<べんべん>での連載をはじめたきっかけは、ルーマニアへの1年間の演劇研修。数回書いた頃から、“書くこと”が、自分にとって芝居と同様の重みをもつものへとはっきり変わった。それは、ルーマニアの隣国、モルドバ共和国ですばらしい演劇人たちに出逢ったからで……。久しぶりに味わった、心揺さぶられる共感と尊敬の念。そして思う。
――「私はモノを創る人間です」と彼らの前で堂々と立っていられるか?……

“畏れ”と”鼓舞”がない交ぜの、高揚したカンジ……それは確かに、わたしにとっての“生活のハリ”になった。
それが起爆剤になったんだろうな。自分の中の――面白い、つまらない、心惹かれる...etc――といった、これまで漠然と感じていたことを、――なぜ私はそう思ったんだろう――と、書くことでクリアにしようとしていった。

求める……外から内から

でもその作業は、時として自分で自分を追い詰める。帰国してからの私自身に、周りに起こったいろいろな出来事は、“俳優だからということに甘えず、創造者として……自立する、あり続けようとする、生きる”ということの中身を、そして自分自身の幼さを、少しずつではあるけど肌で感じさせてくれるものだった……から。

苦しくなって一字も原稿が書けなくなるときもあったのだけど、あがきながらでも、日々思ったこと、感じたことのすべてを、この連載で書こうとしてきた。投げ出す気になれなかったのは、
「自分が変わらざるを得ないほど素敵な創造者たちと出逢いたいと思う」
「こうして書くことで自分の内側を見たいと思う」
どちらも、わたしにとって“生活のハリ”であったことに間違いなかったから、です。

節目となるかっ、なぁ?(^^)?

これからの私の生き方の核をつくったかもしれない時期を書き続けたこの連載が終わる。そして、自分の幼さをわかりながらも、いまだ逃げ腰に“プチひきこもり”を決め込んでる私を、ただ黙って見守ってた人からかかってきた1本の電話。
「来週、ペトルたち(モルドバの彼ら)が来日するよ。手伝ってもらえる?」
やはり、どちらの知らせも何かのキッカケか、な。
――ワタシハモノヲツクルニンゲンデス
そう彼らの前に堂々と立てるのか。それとも私は……立つことを
――ホウキスルノカ?

帰国してから一度も手に取れなかったルーマニア語の授業ノートを開いてみる気になった。
……っっ…あれりゃっ、ものの見事に忘れてるじゃあーりませんかっっっ!
いま慌ててページをめくってるけど、彼らの来日まであと3日っ!
あーん(T^T) ぜーったい、間に合わない!!
……「役者という生き方」(完)

読み続けてくださった方々にも、感想を送ってくださった方々にも、そして、書く機会を与えてくださったべんべんの皆さまにも.....
……ありがとう、ほんとに……。


 
VICTORIA HANNA:「日本に来ることは小さいときからの夢だった」というハンナは、日本語に<花><鼻>という音があるのを知って、「私の名前は日本語」と喜んでおった(^^)
 
RUTH WIEDER MAGAN:宗教上、きっと食べてはいけないものがたくさんあるのだろうと思うのだが、ハモの天ぷらは気に入ったようで……食べてた。アジアの“食”は戒律をも超えるのだっ!(・o・)v でも、あれっ? 魚は食べて良かったか?
 
宴の席にて(彦根市):歌を披露してくれたハ(ン)ナ。歌うとき、彼女は時折耳のうしろを押さえる仕草をする。響きを確かめてるのか、な?